あたしの彼はご主人さま 番外編
俺が彼女を縛る理由 -1

 それは流行り風邪のようなもので、一度その身体を抱けば熱も下がる。
 だからいつものように熱心に口説いた。ホテルに連れ込むのに成功したときは、今回も巧く行ったと、内心でほくそえんでいた。バカな小娘だと嘲笑っていた。
 それがいつのまにか俺は夢中で抱いていた。つまみ食いのつもりが溺れていた。今までの女たちとは違う。そう気付いたときには手遅れだった。もう引き返せなかった。
 自分の性癖がばれるのが怖かった。向けられた真っ直ぐな好意が怖くて、ならばいっそ嫌われてしまえばいいと思った。軽蔑して逃げて行けばいい。それで俺も完全に諦めることができる。捨て鉢にそう考えた。
 けれど、彼女はそんな俺を受け入れてくれた。

 ――放さない。





「二十五日?」
 彼女はデザートのプチケーキ盛り合わせから顔を上げ、そして俺を見て首を傾げた。真っ直ぐに背の中ほどにまで伸びた癖のない黒髪が、白いブラウスの肩の上でやわらかなうねりを作り、そしてさらりと流れ落ちる。
「うん、そう、クリスマス。イブの夜は俺がどうしても空かなくってさ。それとも、先約がある?」
 今年の二十五日は日曜日だ。まさか、前の日からママと一緒に泊りがけで、とか言い出さないだろうな。母一人子一人で、並みの姉妹より仲のいい彼女たちならありえる話だ。内心でひやひやしながら、それでも俺はなんでもない顔をし続けた。
「うーん……、特に……」
 天井に視線をさまよわせながら、彼女は唇を尖らせるようにして考えている。
 いまどきの女子高生にしては珍しく、素顔でいることのほうが多い彼女の唇は、子どものような色をしていた。鮮やかではないけれど自然で綺麗だ。乳首の色に似ている。
 濡れて光れば、もっと似る。爪先で引っ掻くようにイジればすぐにぷくっと勃つ。強めにつまんで転がすと、眉をひそめてはぁはぁと熱に浮かされた子どものように喘ぐ。その切なそうな表情につい意地悪がしたくなる。
 弱い力の抵抗を嘲笑い嫌がるひざを押さえつけ、わざと音を立てて指を出し入れするのがいい。上目遣いで俺を見る、屈辱と被虐と、そして隠し切れない快楽に濡れたまなざしがたまらない。そんなことを考えながら目の前のカップを持ち上げて、そしてさりげなくテーブルの下で脚を組んだ。
 想像しただけでゆるゆると血が集まってくる。
 ヤりたい盛りのガキじゃあるまいし、とは思うものの、妄想相手が目の前の少女なら仕方がない。意識しているのかしていないのか、いや、彼女ならしているわけもないのだろうが、尖らせた唇を指で突付く仕草が俺の目を奪う。最近爪を伸ばし始めていることも気になる。淡いピンクが、少女と女のあいだで揺れ動く彼女自身を象徴しているようで、酷くそそる。
 そこにどんな心境の変化があったのか。それとも誰かに言われたのか。もしもそうなら、誰に言われたのか。何を言われたのか。じわりと黒い感情が沸く。
「二十五日空けといてよ。いいね、絶対だよ」
 それでも表情を変えないままにいられるのは、今までの修練の賜物だろう。やや強めの口調で念を押すと、不思議そうに目をぱちくりさせながら、それでも素直に彼女は頷いてくれた。
「でも、なんで二十五日にこだわるの?」
「クリスマスだから」
 即答すると、彼女は、よくわかんない、と呟いた。
「いいよ、別に」
 言っても、彼女は信じてくれないだろう。
 クリスマスを恋人と一緒に過ごしてみたい。どういう趣向のプレイにするかはまたゆっくり考えるとして、恋人と過ごしてみたい。乱交パーティも調教ショウも穴奴隷のオークションもアダルトビデオ撮影見学も、今回だけはパスだ。クリスマスは彼女と過ごす。
 ふと思って、内心で軽く頭を抱える。
 ――改めて、ロクでもない人生だな、俺。
 それでも彼女と出会えたこと、彼女を手に入れられたこと。今もこうやって一緒に笑っていられること。それを考えれば、これはこれで悪くない。俺の人生も捨てたものじゃない。
「ところで、今日は何時くらいまでならいいの?」
「ええとね、ちょっと待ってね」
 彼女は、生クリームとスポンジとフルーツの混合物をたっぷりとすくい上げたフォークをぱっくりと口に含むと、行儀悪くそれを咥えたまま、隣の席に置いてあった鞄に手を伸ばしてがさがさと中を探り始めた。少し俯いた体勢で、フォークが落ちないようにもごもごと唇を動かしているさまは、嫌でも連想させてくれる。
 あんな小さな可愛い唇でいつも懸命に咥えているのだと思うと、持ち前のサド気質がむくりと鎌首をもたげる。鼻をつまんで口を開けさせて、強引に突っ込みたい。髪をつかんで、涙目になりながらも奉仕する口に激しく出し入れして……。
 ――落ち着け、俺。
「ええっひょにぇえー」
 ぱらぱらと手帳をめくりながら喋ろうとして、ちゃんと発音ができないことに気付いたのか、照れたように笑いながら彼女は口から突き出ていたものを抜き取った。ぷるんと震える唇がなんとも卑猥だ。
「ええと、今日ママは出張で、八時半の飛行機に乗るって。だから、十時半には帰ってくる筈。それまでに帰らなきゃ」
「十時半ね。ということは」
 左腕の時計が示す時間は正午を一時間と少し過ぎていた。それでも土曜日ということもあって、少し遅めのランチタイムに店は沸いている。
「あと、九時間あるね」
 移動時間は多目に見積もっても一時間もかからない。夕食は一時間から二時間で充分だろう。
 残りの六時間は、場所を替えながら腰が抜けるまでセックスしてもいいし、二度ほどヤってから、彼女を抱きしめてやわらかい肌のぬくもりを感じながらまどろむのもいい。快楽に溶けたあとの、子どものような彼女の寝顔を眺めるのも悪くない。
「え、あ、うん。そうだね。九時間も一緒にいられるね」
 そう言うと、彼女は照れたように可愛く笑った。本当に可愛い。思わずツバを飲み込んだ。
 今日は、どういう趣向がいいだろう。
 オナニー強要はまだ早いかもしれない。もう少し穏やかに、最近流行りのコスプレでもするか。どんな衣装があっただろう。途中で購入してきたほうが探すより早いか。確か、行きつけのアダルトショップにも幾つかその手のものが置いてあった筈だ。彼女に一番似合うのを選べばいい。恥ずかしがる彼女に無理やり選ばせるのも面白そうだ。
「二十五日、空けとくね」
 そう言いながら、幼い我が最愛の人は、開いた手帳に小さな文字を書き付けた。ちらりと覗くと『ゆーきさんと』という可愛い字の後ろにハートマークがついていた。
 まだ十二月に入ったばかりだと言うのに、街はすっかりクリスマスムード一色だ。普段はクラシック音楽が流れている筈のこの店も、この時期ばかりはピアノアレンジされたクリスマスソングで世間に迎合している。
 昨日までは、街を上げての浮かれっぷりを苦々しい思いで見ていたが、これからはそうじゃない。俺も一緒に浮かれてやる。父さん母さん、そして神さま。俺は今、全てに感謝しています。そして、クリスマス万歳。ビバ、クリスマス。早く来い来いクリスマス!
「何時くらい?」
 浸っていると簡単な言葉の意味がわからなくなる。何がと間抜けに訊き返した俺に、彼女はぷっと頬を膨らませた。
「だから、クリスマス。何時くらいに待ち合わせ?」
「ディナーを七時くらいに予約するつもりだから、五時までには迎えに行くよ。――ところで、このあとどこか行きたいところある?」
 本音を言えば有無を言わさず部屋へ連れ帰りたい。今すぐこの場で押し倒せるくらいにスラックスの中はキツくなってきている。けれど、久し振りの昼間のデートなのだから、彼女の要望も聞き入れなければならないだろう。それが思いやりってもんだ。
「うんっとね、ちょっと服が見たいの。新しい冬のスカート買おうかな、って」
「いいよ。それ食べたら見に行こうか」
 余裕を見せて笑う演技は慣れていた。
 歳が離れていることもあって、彼女は俺をおとなだと思っている。その期待に応えるのも男の義務だ。臨戦体勢に入りつつある相棒は、多分そのうち、諦めて落ち着いてくれるだろう。
 ……我慢だ、結城和真。

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