夢で逢えたら -1

「あ、んんっ……」
 洩れかけた声をあたしは慌てて抑えた。
 安アパートのお風呂場は、笑っちゃうくらいに外に音が筒抜けだった。いつぞやは、どこかの部屋から、シックスナインの最中とおぼしき二人分のくぐもった喘ぎ声が聞こえてきたこともある。聞こえてくる分には別に問題もないし笑ってられるけど、自分の声を聞かれるのはさすがに恥ずかしい。
「ん、く……。あ、あふ」
 大きく深呼吸してから、愛撫を再開する。
 痺れるような快感を感じながら、あたしは足元に目を落とした。淡いピンクのバスマットの上に、口を開けたまま放り出されたマッサージ用のローションと、そこから伸びた小さな水溜り。
 二人で使うために買った筈のローションが、いつのまにかひとりえっちのお供になっちゃったのは、皮肉というか情けないとは思うけど、でもこの気持ちよさは手放せない。糸を引くそれを指ですくって、脚の付け根の熱く濡れたところになすりつけ、塗り込むように縁からなぞる。とっくにぷっくりと腫れていたそこは、にゅちゅっといやらしく鳴る。この感触大好き。
「あ、はぁっ」
 熱い息を吐きながら顔を上げる。お風呂場の鏡の向こうから見返してくる、バスマットの上で脚を開いてひとりえっちにふけるあたし。スタイルだってそこそこだし、首すじに張り付いた濡れ髪と上気した目元なんかは、我ながら色っぽいとも思うけど。
「んんんっ、く、ううっ!」
 ローションとあたしの液が混じってドロドロになったのを、擦り込むように塗りつけると、気持ちよさで腰が震えた。もうそこは、ピンクと言うよりも赤と表現するのが相応しいくらいに腫れ上がっていた。白く濁った半透明の液体を透かせてピンピンに尖ったクリトリスを重点的に攻める。
 もう、もう……イき、そ……。
 ビクビクとあそこが震えているのがわかる。腰が痙攣する。白い湯気でかすんだ視界が更にぼやけて、あたしはさらに強くクリトリスを押さえた。
 気持ちいい、気持ちいいっ! あ、ああっ、あああっ!
「あ、く、うっ……!」
 その瞬間。
「たっだいまー、っと」
 酔って大きくなった声と、少し乱暴にバタンとドアが開く音。
 なんでこのタイミングで帰ってきちゃうのよ! もうちょっとだったのにっ!! 



 慌ててローションを片付けて身体と顔を流してお風呂を出ると、彼はもうパジャマに着替え終わっていた。
「おかえりー。お疲れさまー」
「ただいまーおやすみー」
 ちょっと呂律のおかしくなった口調でそれだけを言うと、彼はあたしを見もせずそのままベッドに潜り込んだ。一分と経たないうちに、安らかなというには程遠いいびきをかき始める。まあ彼がいびきをかくのは寝入りばなだけで、三十分もすれば静かになるんだけど。
 溜息をつきながら髪を乾かしてパジャマを着て、スタンドライトを消して、そしてあたしはシーツと掛け布団の隙間に潜り込む。背中の向こうに彼の気配はあるけど、ぬくもりを感じるけど、でもそれだけ。
 なし崩しに彼の部屋で始まった同棲。こういう関係でも二年も続けば夫婦同然、と言うのは言い過ぎかもしれないけれど、でも近いところはあると思う。少なくとも、夜の生活に関しては。
 一緒に暮らし始めた頃は、発情期のイヌばりに場所も時間も関係なくあたしを求めていた彼も、最近は月に何回って数えられるくらいになってきた。そりゃ、もうすぐ三十歳になる彼はそれでもいいのかもしれないけど、二十三歳になったばかりのあたしがそれで我慢できるわけない。女の子にだって性欲くらいあるのよ。そう力説したい気分。
 彼氏がそうなってしまえば、当然のことながら他の男へ目が移る。あたしだって全然もてないわけじゃない。職場の男の人たちだってお食事くらいは誘ってくれるし、いつも通ってるヘアサロンの店長も、お世辞かもしれないけど何回も可愛いと言ってくれてる。
 彼への当てつけに浮気してやろうかと思ったことも今まで何度もあったけど、それでも意外と気弱なあたしは、あと一歩が踏み出せなかった。仕方なく、ひとりえっちにふける毎日が続いている。バカみたい。もったいない。一昨日の後輩とのデートを思い出せば、しみじみとそう思う。
 途中入社で、元は大学の研究室にいたという後輩の彼は、あたしの一年とちょっとあとに入ってきたけど二つ年上で、地位はあたしよりずっと上。いつも物静かで、驚くほどキーボードを叩くのが早い。学歴があるだけの頭でっかちというわけじゃなくて、ちゃんと仕事も会話もできる。かっこいいというにはちょっと線が細いというか、気弱そうなんだけど、でもそんな彼が懸命に言葉を選んでる様子は母性本能をくすぐると言うか、なんかそんな感じで、逆にぐらっとしちゃいそうになった。
「惜しいことしちゃったのかなー」
 もったいなかったかも。えっちしちゃってもよかったかも。
「あたしって、ホント男に飢えてるってカンジ」
 なんかもう、溜息つくしかない。
 あたし、彼氏いるのに。一緒に暮らしてるくらいなのに。でも、あんまりえっちしないけど。してくれないけど。
 あたしって魅力ないのかな。なんだか自信がなくなってくる。
 さっき、お風呂でイきそびれたのがいけなかったのか、あたしのあそこは熱を持ったまま治まってくれそうもなかった。生理前だからか、意識しただけでトロってこぼれてきそうなくらいに欲しがってる。なのに、触ってくれる人がいない。いないわけじゃないのに、いないのと同じだなんて。
「バカみたい」
 まだまだ若いし肌だってピチピチだし、誘ってくれる人はいっぱいいるのに、狙ってくれる人だっているのに、なんであたしってこうなんだろ。ひとりで欲求不満抱えて、バカみたい。
 ショーツの上から指で押さえるとにゅっと張り付くのがわかる。そのまま全体を指でさすると淡い快感が広がった。円を描くように指先で強く押さえると、さっきまでの快感が盛り返してきた。
 理性がすうっと溶ける、限界点。
「ん……ん、んん……」
 彼の横で、彼に気付かれないように声を抑えて喘ぐのも初めてじゃない。自慢にも何にもならないけど、あたしは結構ひとりえっちが好き。男の人は、というより多分あたしだってそうだろうけど、どうしたって自分優先になっちゃうから。まだもっと感じたいのに先に終わられたときなんか、何にもなかったときより悶々として眠れない。それに比べれば、ひとりえっちは自分の感じるところを感じるだけ徹底的に慰めてあげられる。
 そりゃまあ、ちょっとは、虚しいけど。
「はあっ、ん、んんっ……」
 奥に隠れたクリトリスを意識しながら触ると気持ちいい。早くじかに触って欲しいと訴える身体を焦らすようにショーツの上からの愛撫を続けていると、自分でもわかるくらいに溢れてきた。待ちわびてヒクヒクしてる。
「ああん、早くぅ……」
 思わず呟いて、ショーツの中に手を入れようとした瞬間。
「わかってるよ。可愛いな」
 くすくす笑う声が耳のうしろで聞こえた、と思ったと同時に手が回ってきて、そしてぬるりと触れた。

もどるもくじすすむ≫
inserted by FC2 system