あたしの彼はご主人さま 第二部
彼とあたしの嘘とキス -1

「ひあうっ! あん、あんっ、あああんっ!」
 立ったまま、壁に押し付けられるようにして後ろから激しく突かれて、あたしは耐え切れずに大きな声を出してしまった。一度切れてしまった糸が繋がるわけはなくて、だからもう声が抑えられない。こんなところでと思うけど、でもその禁忌的な思いが快感をさらに強める。流されて行く。
「う、く、ううっ! ああっ、あうんっ!」
 ビクビクと身体が震える。今にも崩れ落ちそうなくらいにひざはガクガクで力が入らないけど、彼はそれを決して許してはくれない。腰に回った強い腕が、半ば抱き上げるようにあたしを支えて、そして激しく腰を叩きつける。
「く、ああっ! あああっ!」
「そんな大声で鳴いたら外に聞こえるぞ、このメス猫」
 愉しそうなクスクス笑いと一緒に彼が囁きかける。ついでのようにぺっとりと耳たぶに張り付いた舌の濡れた感触に背筋が震えた。
「ご、主人、さまぁ。お願いですっ、もう、千紗は、ああっ」
 身体が震える。ひざの痙攣が太ももに伝わって、そのまま腰に登って、内側に染み込んで行く。もう耐えられない。狂いそうっ!
「もう、なんだ。どうして欲しいんだ?」
 言いながら、彼はあたしの身体をぐいと抱き起こした。当たる場所が変わってびくっと震えたあたしのことなんか気にもせず、彼はそのまま身体を半回転して向きを変えさせる。壁に遮られていた視界が広がる。
 あたしの目の前にあるのはドア。『億ション』と言われるに相応しい、重厚な細工の施された玄関のドア。だから当然のように、そのドアの向こうは通路だった。
「あう、くうっ! もう、許してくださいっ!」
 彼のマンションの玄関で、あたしは制服を着たまま靴を履いたままショーツだけを脱がされて、後ろ手に手錠を掛けられて、後ろから貫かれていた。彼もどこにでも出て行けるくらい普通の格好で、でも一箇所だけが違った。あたしと直接繋がって、そしてとても気持ちよくしてくれていた。
「なにが、許してください、だ。こんなに感じてるくせに。――いいんだろ?」
 おかしそうに笑いながら、彼はあそこの周囲を指でなぞった。ぬちゅぬちゅといやらしい音がする。一瞬だけ触れたクリトリスの痛いほどの快感にびくりと身体が震えた。
「ほら、ぐちゃぐちゃだ」
 言いながら、彼はその指をべっとりとあたしの頬になすりつけた。彼のとあたしのが混ざった、すごくいやらしい匂いがする。
「ああ、ひどいです、ご主人さま、あ、ああっ!」
「なにがひどいんだ。こっちはすごく嬉しそうだぞ」
「あ、ああうっ!」
 後ろからぐいと強く突かれて、歩くことを覚えたばかりの赤ちゃんみたいによたよたと歩かされた。ドアにごつりと額が当たる。火照った顔に触れる、冷たい金属の感触。
 どうしよう、すごく気持ちいい。こんなとこでしてるって思うからか、いつもより気持ちいい。あたしイっちゃいそう。本当にイっちゃいそう。
 規則的にそして不規則に突かれながら、あたしははぁはぁと開けて喘いだ。よだれが口の端から垂れてきてるのがわかっているけど、でも気持ちよくてそれどころじゃない。もっとして欲しい。もっとひどいこと、して欲しい。
 激しく攻め立てられて、そらせた胸がドアに叩きつけられる。その衝撃でドアがきしむ。たった今も誰かがドア一枚を隔てた向こうの空間を歩いているかも。あたしたちがこんなところでこんなことをしているなんて思いつかないで、何の音かなって不思議に思ってるかも。だって普通、玄関でえっちする人なんていないもの。普通はそんなこと考えないもの。でもあたし、今してる。されてる。後ろから突かれてこんな場所で、すごく気持ちよくてイきそうになってる。
 そう思った瞬間、痙攣が全身に広がった。
「い、ああっ。ご主人さまあっ!」
「だから、なんだと訊いてるだろ。ちゃんと答えろよ」
 あそこを触っていた手がクリトリスの上でぬるりと円を描いた。乱暴なようでとても優しい指の最後の一撃に、ぴしりと意識にヒビが入る。
「あ、くっ。イく、イきますっ! イくうっ!!」
 本当に外に聞こえるかもしれないくらいの大声で叫んで、あたしは彼に抱きしめられながら何度も激しく突き上げられて、そしてイった。





 きっかけはママの一言だった。

「いつのまにか、ちーちゃんもおとなになったのねえ」
 珍しく仕事から早く帰ってきたママは、妙にしみじみとした口調でのんびりと言った。忙しそうなお箸と口の動きと、話す声のスピードが合ってないのがなんだかおかしい。
「何よお、急にー」
 大皿に盛り付けられた、鶏と大根の煮付けにお箸を伸ばしながら、あたしは笑った。おしょう油と鶏肉の味の染みた大根がとても美味しい。ちょっと濃い目の味付けがご飯が進む感じで、でも三杯目のおかわりはさすがにちょっと太っちゃうかな。そんなことを考えながらそれでもぱくぱくと食べてしまう。だって、ユーキさんが『女の子は、細すぎるよりちょっとふっくらしてるほうが好みだ』とか言ってたから、じゃあそれでもいいかなとか思って、それで、ええと……なんとなく。別にユーキさんがどうだからとかじゃないんだけど。
 でも、ユーキさんと知り合ってから、今まで全然行ったことないレストランで食事する機会が増えて、そのせいでちょっと太ったような気がする。だって、フルコースって一皿一皿はこじんまりとしてるんだけど、でもそれが次々と出てくるから、全部だとすごい量なんだもの。それでも全部食べちゃうあたしと、いつも半分くらいは残すユーキさん。これって普通反対だと思うけど。
 ユーキさんは、どっちかというとあんまり食べない。男の人の標準量ってのいうのはよくわからないけど、でもあたしより少ないから、多分少ないほうなんだと思う。そしてお酒をよく飲む。二切れのチーズと数枚のハムだけでワインを一本空けるのを一度だけ見たことがある。
 いつもあんな食事してるのかな、身体壊さないかな、もっと食べて欲しいなって思うけど、でも奴隷のあたしが口を出していいことかどうかよくわからないから、だから黙って見ている。ユーキさんも自分なりにお酒の量はセーブしてるみたいで、酔っ払ってベロベロになって絡んだりとか、そういうことは少なくともあたしの前ではしない。ちょっと口数が多くなったりよく笑ったりする程度、かな。だからいいお酒なんだろうと思う。
 たまに、帰したくないとか言って抱きしめたまま放してくれないこともあるけど、でも時間になったら送ってくれる。酔ってても、やっていいことと悪いことの境目はきちんと守ってくれる。そういうところ、やっぱりおとななんだなあって思う。
 ユーキさんの食べる量を見てたら、あたしってちょっと食べすぎかもダイエットしたほうがいいかもと一瞬思うけれど、でももったいなくて残すこともできない。お家でもそうだけど、外食したときなんか、特に。
 クリスマスのときのお値段はすごかった。
 十万円。二人分の食事とシャンパン一本で十万円とちょっと。
 嘘だと思った。目の錯覚だと、遠くから反対側から見てるから桁をひとつ間違えたんだと、そう思いたかった。
 ユーキさんは、あたしが気にすることを気にしてるのか、次の瞬間にはさりげなく数字を指で隠しちゃったから、正確な金額はわからなかったけど。でもあの金額を平気な顔して支払っちゃうなんて、なんかもう、本当に金銭感覚が違うんだなって思う。
 ユーキさん、今頃何してるのかな。ちゃんとご飯食べてるのかな。一人であの部屋で食べてるってことはないよね。じゃあどこにいるんだろう? 誰と一緒なんだろう?
「ちーちゃん、クリスマスは楽しかった?」
「えっ?」
 考えていたことを読まれたような気がして慌てて顔を上げると、ママはあたしをじっと見ていた。笑ってるけどいつもと同じ顔してるけど、でも。
「な、なによ、いきなり」
「うん、なんか急に思い出したの。楽しかった?」
「前にも話したでしょ。お友だちみんなとファミレスに集まって、大騒ぎして――」
 ママに嘘をつくのは緊張する。手のひらに汗が沸いてくる。
「ああ、そうだったわね」
 おかしそうにくすくす笑う。
 ママ、本当はわかってるんだ。あたしが嘘ついてること、知ってるんだ。
「機会があったら、そのお友だちにウチに一度来ていただきなさい。ママも、ちーちゃんのお友だちの顔が見てみたいし。ね?」

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