あたしの彼はご主人さま 第三部
彼があたしのご主人さま -4

「和真がね、急に言い出したの。美倉のお嬢さんとの婚約を解消したいって。他に好きな子ができたのですって」
 バカみたいにぽかんと口を開けたまま、あたしは彼女の唇が動くのを見つめた。
「あ、でも、でも……」
 司さんは、ユーキさんと婚約者のお嬢さまとはうまくいってるから、あたしはユーキさんのことをあきらめたほうがいいって、そんな口振りだったのに。
「勿論、和真がひとりで言ってるだけだから、なかなか通らないわ。美倉との提携事業ももう始まってるから、結城もここで手を引くわけにもいかないし。お祖父さまがカンカンで、あたくしたちも困っているのよ」
 そう言いながら、葵さんの手がスカートのベルトの辺りを撫でる。わき腹のすごく弱いところに当たった指に、一瞬びくっとしてしまったけど。
「それでも、好きになってしまったものは仕方ないでしょう。あのコのことだから、そのうち飽きるとみんな踏んでるのだけれどね」
 葵さんは頬をすり寄せながら、ふふっと囁くように笑った。
 そっか。そういうことなんだ。
 ユーキさんが嘘ついてるわけでも司さんが嘘をついてるわけでもなくて、どっちの言ってることも本当なんだ。ユーキさんはそれでも何とかしようとしてくれてて、司さんは多分ダメだろうなって思ってて、だからあたしに忠告してくれただけで。
「それで、こないだから大変なのよ。まあ、あたくしは後継ぎ問題に関係ないから、どっちに決まってもいいのだけれど」
 斜め後ろからあたしの腰に腕をまわして頬をすり寄せたまま、葵さんは明るく声を立てて笑う。口では、大変だって困ってるって言ってるけど、でもむしろ葵さんの様子は楽しそうで。
「和真は詳しくは言わなかったのだけれど、司があなたのことを知ってるって教えてくれたから、今日連れてきてもらったの。一度くらいは顔を見ておきたかったし」
 多分、この人は楽しんでるんだ。ユーキさんとあたしのことも、ユーキさんと司さんのことも、おうちが大騒ぎになってることも、この人にとってはおもしろい遊びなんだ。
「まあ、あの子に限って、女に騙されるとは思ってないけれど」
「それは、ええと……。すみません」
 確かにユーキさんは、騙されるより騙すタイプよね。
 あたしには優しくしてくれるけど、頭もいいし口も巧いし何よりすごくプライドが高いから、騙されておとなしく引っ込むような人じゃないとは思う。まあ、男の人ってみんなそんなものなのかもしれないけど。
 そんなことを考えながらあたしは曖昧に頷いた。ついでに『そろそろ手を放してください』って言えたらいいのにとちょっと思う。さっきから、ゾクゾクするのが止まらなくて困ってるんだけどな。
「謝らなくてもいいわ。あたくしはあなたのこと気に入ったもの。可愛いから」
「そ、それは、どうも」
 くすくす笑いながら抱きついてくる細い腕をムリに振り解くこともできなくて、あたしは居心地悪くもぞもぞと身動きした。舞台から聞こえ続けてるえっちな声のせいか奇妙な火照りのせいか、それとも葵さんの色っぽい目を間近で見続けてるせいか、どうにも落ち着かない。なんだか頭がぼーっとしてくる。
「ねえ、千紗ちゃん。あなた、それでも和真が好き?」
「え、あの、それはその……」
 ゆっくりと腰から上がってきた指がブラのラインを撫でた。ぞくりと背中に寒気に似た感覚が走る。
「和真はね、とりあえず今のところ、あなたのことは本気だと思うのよ」
 その言葉はあたしは嬉しいけど、でも結城の人たちにとっては迷惑なんだろうな、なんてちらりと思う。あたしが責任感じても仕方ないんだろうけど、でもなんとなく申し訳ない気分。
「でも誰しも、望みが全て叶うとは限らないわ。人間がひとりで頑張ってもできることなんて限られてくるから、ダメだってことのほうが多いと思うの。そんな薄い希望でも、千紗ちゃんは待つつもり、ある?」
 表現はちょっと違ったけど、でもその言葉の意味は、ここへ来るまでに司さんに言われたことにひどく似ていた。
 司さんは、一回考え直すように、一度立ち止まるようにと言ってくれた。葵さんはもしかしたらダメかもしれないけど、それでもいいのと言ってくれている。二人とも、あたしのことを心配してくれているんだと思う。それだけユーキさんの立場が難しいってことなんだろう。もしかしたら、ユーキさんがそれだけ二人に信用されてないってことなのかもしれないけど。
「えっと、えーっと……」
 あたしのことを思ってくれてるんだから、ちゃんと考えなくっちゃ、ちゃんと答えなくっちゃと思うのに、頭の中は妙にふわふわして思考がまとまらない。
「和真はわかってないの。あの子は全部を欲しがってる。なんとしても全部を手に入れたいと思っている。だから、しなくちゃいけないことが多すぎて、なかなか先へ進めないのね」
 物事には順番があるのに、どうしてそれがわからないのかしら。
 上品に溜息をつくと、葵さんはふと目を上げた。じっと見つめてくる、きれいにカールしたまつげ越しの視線を見返すことも目をそらすこともできなくて、あたしは忙しくまばたきを繰り返した。
「さあ、どうするの、千紗ちゃん」
「きゃあっ」
 いきなり葵さんはちゅっと音を立てて首すじにキスをしてきた。慌てて暴れようとして、そしてそれができないことに気付く。
「あ、あれ?」
 手足に力が入らない。
 あたし、酔ってるのかな? 確かに、お酒飲んだのなんて久し振りだけど、でも一杯くらいで酔うほど弱かったっけ?
「あらら。思ったより強く効くのね、あのカクテル」
 葵さんの手に押されて、あたしは長椅子の上に仰向けに寝転ろんだ。きれいな爪に彩られた細い指が制服のブラウスのボタンを外して行くのが見えてるけど。
「カクテル?」
 さっき飲んだあのカクテルのこと? あれがどうしたの?
「そう。美味しかったでしょ?」
「はいー」
 葵さんの言ってることも、なんであたしがこんな状況になってるのかも全然理解できないけど、でも不安とかじゃなくて、むしろ意味なく幸せな気分で。なんだかわからないけど顔が勝手ににやけてくる。
「やっぱり、若いコは違うわね。お肌すべすべ」
「きゃあっ」
 ぺろりと胸元を舐められて悲鳴を上げた。ゆっくりと唾液の跡が胸の中心まで伸びて行く。舌先で弄ぶようにつんつん突付かれて、硬く乳首が勃っていくのがわかる。
「あ、やだっ」
「千紗ちゃんって敏感ね」
 にっこり笑うと葵さんはちゅっと強く吸った。痛みに近い一瞬の快感に、反射的に身体がぴくんと震える。
 でも身をよじってその紅い唇から逃げようとしたのは、本当は逃げるためなんかじゃないのは自分でもわかっていた。ほとんど力の入らない腕で押し返そうとしても、そんなことできるわけなんかなくって、だから。
「やだっ。やめて、葵さんっ」
 口だけの抵抗なんて、そんなの誘ってるのと一緒なのに。
 それを肯定するように、葵さんの舌がゆっくりと下がってきた。スカートの中にもぐりこんだ手が、そっとふとももを撫で上げる。男の人とは違う繊細な手つきに、ダメだってわかってるのに勝手に身体が反応してしまう。
 あたし、どうしたの? どうして葵さんはこんなことするの?
 お酒に酔ったみたいなふわふわする頭で考えようとしても、バラバラになったジグゾーパズルのピースみたいに、何がどうなってるのかは全然わからない。それに……あそこが、熱い。
 その熱を思った瞬間に、身体の奥がびくっと震えたのがわかった。
 どうしよう。あたし、すごく……。
「うふふ。触っちゃおう」
 絶対に口に出せない密かなあたしの望みを読み取ったように、スカートの中の手がゆっくりとショーツにかかる。指先で軽く押さえられただけで、にゅっと埋もれる。多分、ショーツに染みができちゃってると思う。それくらいになっちゃってると思う。今だってひくひくしちゃってるんだもの。本当は、もっと欲しいんだもの。
 なんであたし、こんなことになってるの? さっきのお酒のせい? それとも……。
 でもそんな疑問も、葵さんの指の動きに流されて行ってしまう。見えないところでどうされているのか、意識だけで辿りながらあたしはびくっと身体を震わせた。
「千紗ちゃんのここ、びちょびちょよ。こんなに効くのね」
 葵さんの言葉通り、あたしは下着が張り付いてしまうくらい濡れていた。彼女の指がショーツの上からゆっくり割れ目へ沈み込んで行く。そして別の指が震えるようにこすりはじめた。そこはあたしだけじゃなくって、女の子なら誰もが一番感じてしまう……。
「あ、や、やだっ」
 くいくいとクリトリスを押さえられて、あたしはのどをそらして喘いでしまう。ショーツの、ちょっとざらざらした肌触りとこすれる感じが気持ちいい。ひくひくしながら、奥のほうから流れてくるのがわかる。
「やめ……やめて、葵さんっ」
「うふ、かわいい」
 隙間から入り込んできた指が、入り口の辺りをぬるぬるとなぞった。
 ぬるりとした感触とちゅくっと卑猥に鳴った音に、一気に羞恥心がこみ上げてくる。イヤだって言いながらこんなに濡らしちゃってるなんて。女の人に、ユーキさんのお姉さんにされてるのに、こんなに感じちゃうなんて。
 どうしよう。あたし、どうしようっ!
「ん、あ、ああっ」
 ぐいと強く押し上げられて腰が浮く。その瞬間を待っていたように、ショーツを脱がされてしまう。剥き出しになってしまった下半身を葵さんの指が自由に這い回る。その繊細な指と舌の攻撃に、あたしは喘ぐことしかできなかった。
「えっちな顔ね、千紗ちゃん」
「や、いや……う、んんっ」
 指の数が増えたのと同時に、べっとりと唇を塞がれた。あいだからぬるりと入り込んできた舌が丁寧に歯の裏側を辿る。甘い唾液を流し込まれて、抵抗もできないまま飲み下してしまう。
「ふふ、本当にかわいい」
「あ、あううっ」
 葵さんの指は止まらない。だから、いやらしい音も止まらない。あたしの中からどんどん溢れてくるのがわかる。自分が一歩ずつ進んで行くのもわかる。
「あ、んっ! あ、あっ」
「あら、ピクピクしてきたわね。イきそう?」
「や、やだ! もう、やだぁっ」
 言葉では否定しながら、あたしは葵さんの指を締め付けていた。もっと奥へと誘い込んでいるように、腰が揺れる。ひざが開いてしまう。葵さんの激しい指の動きに、あたしは背をそらして喘いだ。
「やめて! もう許して! いや、いやっ!」
「イっていいのよ。さあ、イっちゃいなさい。気持ちよくなっちゃいなさい」
 クリトリスを舐め上げられて二本の指にぐいぐい突き込まれて、身体があそこが、震える。あたしを置いて勝手にその瞬間を求めようとする。強く乳首を吸い上げられた瞬間、意識に入ったヒビがぴしっと割れて砕けた。
「ああっ! ユーキさん、ごめんなさいっ。あたし、イく、イくっ!」
 世界が白く弾ける。息ができないような絶頂に全ての感覚が遠くなりかけても、葵さんは手を止めてくれなかった。
「もう、ダメっ! またイく! やだ、イくよおっ!」
 久し振りの、誰かの手に与えられる快感に耐えられずに泣き叫ぶ。浮き上がった感覚から降りることもできないまま、あたしはガクガクと痙攣し続けた。

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