あたしの彼はご主人さま 第三部
彼があたしのご主人さま -8

「ン……んあっ」
 ほんの少しのあいだ、あたしは気を失っていたらしい。
 口に入り込んだ彼の指の感触で意識が戻った。ずるり、という感じで唾液でドロドロになった布切れを取り出すと、彼はそれを投げ捨てた。続いて聞こえてきたのは、カチャカチャとベルトを外す音と、ジッパーを降ろす鈍い音。後部座席で、剥き出しのお尻を高く上げた恥ずかしい姿勢のまま、あたしは待っていた。
 ふいにころりと転がされて、手錠を掛けられた手を身体の下敷きに、後部座席のソファに寝転ぶ。淡い室内灯に照らし出されて陰影に沈む彼が、あたしをじっと見ているのがわかった。
「挿れるぞ、千紗」
「……はい、ご主人さま」
 低くかすれる声にいつもの返事をしながら、あたしはそっと目を上げた。強い光を放つまなざしは、この前最後に逢ったときと全然変わらない。
 彼はあのとき、愛してると何回も繰り返してくれた。懇願するように、他の男に抱かれないでと言ってくれた。絶対に迎えに行くからって言ってくれた。
 あのときと、同じ眼。
「千紗」
 ひざをつかむ手にされるがままに大きく脚を開くと、彼がそのあいだにゆっくりと座った。丸い先っぽがあたしのその部分に触れる。馴染ませるようにくちゅくちゅと何度か擦り合せてから、腰を進めるように圧し掛かるように、ゆっくりと彼が侵入してきた。
「あ……、あ、ああっ」
「くっ、う」
 葵さんに挿れられたバイブとは比べ物にならない異物感に、思わず声を上げてしまう。久し振りのセックスは快感よりも苦痛のほうが大きいけど、でも彼が低くうめいてくれるのが嬉しくて、だから。
「ご主人さま、ご主人さま」
 ゆっくりと身体を揺すられながらうわ言のように呟く。
 降りてきた手がブラウスのボタンを一つずつ外した。キャミソールをスカートから引き抜いてブラをむりやりずらして、そしてその隙間から指が入ってくる。ちょっと痛みを感じるくらいの強さできゅっと乳首をつねられて、身体がびくっと震えた。
「あいつもこんなふうに抱いたのか?」
 耳に囁かれる酷い言葉に必死で首を振った。
「じゃあ、どんなことをされた? どうされるのが好きなんだ?」
「ちが……違います、あんんっ!」
 彼が上半身を起こすと、当たる場所が変わる。上のほうを重点的にこすられて身体が震えた。わざとのようにゆっくりと抜き差しされて腰が揺れる。彼はあたしのどこが弱いのか、全部知ってるから。
「何が違う? どう違う?」
「あたし、されてません。ご主人さまとしか、こんなこと、しません」
 息が上がってしゃべるのが苦しい。気持ちよすぎて、言葉を考えるのが難しい。
「じゃあ、なんで、あいつの車に乗っていた?」
「あ……葵さん、が、あたしに会いたいって。それで、司さんが迎えにきて。だから今日だけです。あたし、何もしてないし、司さんにそんな気持ちなんて、持ってません。本当です」
 葵さんの名前を出しても大丈夫なのかどうなのかはわからないけど、でも嘘はつきたくない。何より、変な誤解をされたくない。司さんが何を考えてるのかはわからないけど、それでもあたしが好きなのはユーキさんだから、それだけはわかって欲しい。
「姉さんが?」
「はい、そうです。お姉さんに、会いました」
 その答えがあまりにも意外だったのか、彼の身体が完全に止まった。それでもあたしの身体の中にある彼の一部は、休みなくぴくぴく動いて、理性を少しずつ削り落とそうとする。なんとか思考を保とうと、ちゃんと話そうと努力するので精一杯だった。
「話しました。葵さんと。名刺も、もらいました」
「姉さんは、なんて?」
 その眼の陰りがさっきより薄れて行っているのがわかる。言葉に含まれていた暗い棘が少しずつ融けて行く。
「応援してあげるって。いつでも、電話していいって」
 言葉は違ったような気もするけど、でもそう言ってくれたと思う。嘘はついてない。でも、本当のことを黙っているけど。
 だって、葵さんにえっちなことをいっぱいされたなんて、女の人にイかされちゃったなんて、恥ずかしすぎて言えない。それに、男の人にされたのと違って、挿れられたのはバイブだし。でもそれがかえって恥ずかしいんだけど。
「本当だな? 嘘じゃないな?」
 すぐ近くで聞こえた声に顔を上げると、彼は泣きそうな眼であたしを見ていた。強くひそめた眉と、軽く開いた唇。大好きなキス。汗とオレンジのにおい。
「本当です。あたし、ご主人さまとだけ……あ、あああっ!」
 あたしの脚を両腕で抱え上げると、彼は突然激しく動き始めた。腰を強く突き出すようにこすり付けられて全身が震えた。
「千紗、千紗」
「ご主人さま。気持ちいい、気持ちいいです、くうっ」
 ぐいと、身体の奥の奥に彼のものが当たる。息が詰まるような一瞬の痛みと、引き抜かれるときの摩擦に身悶えした。
「そんなにいいか。絡み付いてくるぞ」
 からかうように言いながらもスピードを緩めず、ぐいぐいと突きこんでくる。ある意味では彼らしくない真っ直ぐさに、逆にあたしは翻弄されていた。
「いいの、いいです。あ、ああっ!」
 のどをそらして喘ぐたび、低く唸る声が聞こえる。多分、彼もあんまり余裕がないんだと思う。そう言う感じの息遣い。
「あ、くっ! ご主人さま、もう、千紗は……」
「イきそうか?」
 低く訊かれて、反射的に何度も頷く。
「はい、イきそう、イきそうです。もう、もう、ダメっ! イくっ!」
 腰を振って彼のものを締め付けて、あたしは思いっきりのけぞった。
 彼の指が、あたしと彼が繋がっている辺りをさわった。クリトリスを軽くつままれて、浮き上がっていた意識にぴしりとヒビが入る。
「あああっ! あく、あ、ああっ!」
 身体の内側からお腹を突き破って出てきそうな勢いで出し入れされて、全身がガクガクと痙攣する。連続して襲ってくる、息をすることさえできないような強い快感に、思考が吹き飛ぶ。
「ま、またイく! またイきますっ! イっちゃうっ!!」
「千紗、出すぞっ」
 答える余裕なんてなかった。気が遠くなるような強い快感に震えながら、彼の苦しそうなうめき声を聞きながら、あたしは何度も頂点を求めた。彼を深く求めた。彼を求める言葉を叫んだ。
 ――ご主人さま。
 彼に抱きしめられること、彼に名前を呼ばれること、彼の視線の前に素肌を晒すこと、彼の愛撫に狂うこと、彼とぴったり一つになること、身体の奥深くで彼を受け止めること。
 ずっと得られなかった叶わなかった、望み。今、その全てがあたしの前にあった。
 それがただ、嬉しかった。

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