あたしの彼はご主人さま 番外編
彼女と浴衣と、夏の日と -2

「やだ、なんでそんなに慣れてるのよっ」
「なんでって言われても……」
 悲鳴のような問いかけを笑顔でいなしながら、和真の右手が浴衣の下へ消えた。千紗は身をよじって逃げようとするが、そんな精一杯の抵抗も和真にしてみれば可愛いものでしかない。嘲笑うかのように右手は浴衣の下のさらに薄い布のあいだへと潜り込む。
「だめ、和真……さん」
「なにが、ダメ?」
 低く笑う和真の手が千紗の淡い翳りへ触れた。いとおしむように弄ぶように、何度も指先で草むらを撫でる。
「なにがって……、あ、あっ」
 ぬるりと入り込んだ指に千紗は声を上げてしまう。
「こんなに濡らして、なにがダメ?」
 優しいままの声が耳元に卑猥に囁く。否定するように千紗が首を振ると、指が奥まで差し込まれた。湧き上がっていた蜜がとろりと押し出されてくる。
「あくっ! あ、やああっ!」
「すごいね、溢れてきてるよ」
 焦らすようにゆっくり指を出し入れしながら、ときおり速度を早め、千紗の息が早まると緩やかな動きに戻る。ちゅくちゅくと水音を立てながら、和真はそれを何度も繰り返した。とろ火で炙られ続けるような愛撫に、千紗の中から理性と羞恥心が蒸発して行く。
「あん、あ……、あっ! う、ふっ……、ううっ。……あ、あうっ! ん、くっ!」
 悲鳴と泣き声が混じる喘ぎを心地よく聞きながら、和真は空いた親指で周囲を探った。今までに与えられた快感に敏感に反応し、存在を主張し始めていた小さな肉芽を軽く押さえ、くにくにとこねる。その瞬間、腕の中の小さな身体がびくんと震えた。
「やっ! いや、やだ、ああっ」
「千紗ちゃん。顔上げて、鏡見て」
 言いながら和真は浴衣ごと下着を肩からおろした。はあはあと息荒く喘ぎながら、うっすらと目を開けた千紗の前に、浴衣の前をはだけさせ男の手に弄ばれて快感に肌を朱に染める、鏡越しの自分が映る。
 やだ。あたし、えっちな顔。
 ぼんやりと千紗は思った。
 紅潮した頬、半ば開いた唇、額に浮いた汗、そして快楽に融けた目。その視覚面からの刺激に、千紗の被虐心と官能が一気に高まる。
 すごくえっちで、すごく気持ちよさそう。
 あたし、気持ちいいんだ。こんなことされるのが気持ちいいんだ。もっとして欲しいんだ。もっといっぱいして欲しいんだ。もっと……すごいこと……。
「もっとして欲しい?」
 千紗の内心を聞き取ったかのような卑猥な問いかけに、千紗は虚ろに頷いた。
「はい。もっとして欲しい……です」
「いいコだ」
 返ってきた従順な言葉に、和真は千紗を強く抱きしめ、その頬に口付けた。




 和真に全てを脱がされたあと、なぜか浴衣一枚だけを羽織った姿で、千紗はベッドの上の鏡の真正面に座らされた。後ろから抱きかかえる強い腕が大きく脚を開かせる。千紗は反射的に抵抗しようとしたが、男の力に抗するにはあまりにもささやかだった。
「ちゃんと見てるんだよ」
 後ろから伸びてきた腕が、脚の付け根に当てられる。
 指で開かれた翳りのあいだから、赤貝にも喩えられる女のもっとも秘めやかな部分が顔を覗かせる。そこは既に赤く腫れ上がり、愛液に濡れ光っていた。その生々しい眺めに千紗は唇を噛み、和真は生つばを飲んだ。
「ほら、こんなになってる」
 かすれた声で低くなぶりながら、和真は中指をほころんだ肉の花弁へと近づけた。形状を確かめるように丁寧になぞると、みるみるうちに和真の指は水あめ状の粘液に覆われてぬらぬらと光り始める。上から下までをゆっくりなぞっていた指が、ふいにぬるりと潜り込んだ。
「あっ、く、うぅっ!」
 びくっと震える腰を引き寄せながら和真は第二関節までを進ませ、そしてゆっくりと戻した。引き出された指に絡む透明な粘液が、糸を引きながらとろりとシーツに落ちる。
「とろとろだね」
 くっくっく、と低く笑うと、和真はふとももを押さえていた左手を放した。そのまま千紗の手首を取り、自分で広げさせる。
「もっといいことして欲しいんなら、ちゃんと自分で持ってるんだよ」
「いや。恥ずかしいです……」
 口では不承を訴えても、身に染み付いた奴隷意識が命じられた通りを律儀に守る。そのことを恨めしく思いながらも、千紗は鏡越しの抱きかかえた脚の付け根とそこで行われている淫靡な光景に目を凝らした。
「さあ、一番いいところをさわってあげるからね」
 妖しく囁きながら和真は指先から細く流れる液体を、小さいながらも赤く腫れ上がって自己主張している敏感な肉芽に落とし、そのまま軽く押さえた。まるで愛液を塗り込もうとしているかのように、指が小さく大きく素早くゆっくり、執拗に何度も円を描く。
「あっ、はうっ! んっ、あ、ああっ! ああああっ!」
 快感を得るためにだけ存在する部分を巧みにこね回され、千紗は腰を揺らして喘いだ。それでも命令通り鏡からは目をそらさず、男の指に弄ばれた自らが淫らに濡れそぼっていく様を見つめる。
「ほら、いっぱい出てきた」
 なぶるような言葉の通り、ぱっくりと口の開いたサーモンピンクがひくつき、その奥からとろりと透明の雫が流れ出てくる。人差し指がすかさずそれをすくい取り、中指と二本でクリトリスをはさむようにして強く押さえ、振動を加え始めた。粘液はぐちゅぐちゅと卑猥な音を立てながら、あっというまに白く泡立つ。
「あああっ! あっ、ああっ、だ、だめっ! だめ、イく、イくイくうっ!」
 指先で一瞬のうちに押し上げられ、千紗は自らの脚を抱きこんだまま昇りつめる。それを確認し、和真は右手でクリトリスへの責めを続けたまま、左手を秘部の奥へと深く差し込んだ。指を突き入れ、容赦のない手つきで掻き回す。
「ひっ! いやっイく、またイくっ! イっちゃうよお、イくっ!!」
 腰を浮かせて反り返り、全体重を和真に預けて千紗はガクガクと腰を振り続ける。のどをそらせて泣き叫びながらも、和真の指に与えられる快楽を積極的に貪る。卑猥な快感に狂う千紗の姿態に、和真の歪んだ欲望が強く突き上げた。



「あ、は……ふ、う……」
 幾度も絶頂を極めた末の、虚ろなまなざしでひくひくと震える千紗の身体から濡れ光る指を抜きとると、和真は早急な仕草でベルトを外した。ジーンズのジッパーを降ろし、痛みを覚えるほどに固く勃ち上がった自らの分身を、濃グレイのボクサーブリーフから引きずり出す。
 枕元のプラスティックトレイに置かれたコンドームを手に取り、慣れた手つきでパッケージを破って取り出して自らに被せた。シーツに埋もれるように倒れた千紗の腰を抱き起こし、ひざを開かせて背後から圧し掛かかる。妖しく濡れ光る肉の綻びに先端を当て、そのまま一気に貫いた。
「あ、はうっ!」
「く、うっ……」
 千紗は身体をそらせて喘ぎ、和真は低くうめく。
「やっ、ひ……っ! き、きついよおっ」
「おまえはきついのが好きだろ?」
 三週間近くも待ちわびていた熱い刺激は男を惑わせるのには充分だった。普段は女性を焦らしその乱れる様を眺めて愉しむのが常の和真だが、その気持ちも今はない。その言葉遣いも普段の性交時と同じように、鋭く冷たくなる。
 苦痛の混じった快感にシーツをつかんで喘ぐ千紗を強く押さえつけ、和真は激しい抽挿を繰り返した。湿った音と肌同士が打ち合う音、そして千紗の切羽詰った悲鳴に近い声が部屋に響く。
「あ、も、もうダメぇっ! イく、イく!!」
 強すぎる快感に痙攣する身体を、和真はじっくりと味わった。千紗が身をくねらせるのに併せてその内部もくねり、びくびくと震えながら締め付けてくる。そのたびに腰の奥深くに溜まった熱が飛び出してこようとする。これ以上長くは持たないと考えながら、和真は息を吐いた。
「千紗……」
「は、あっ、はう?」
 快楽に融けたまなざしが鏡越しに返ってくる。ひざをついて腰だけを高く上げた獣の姿勢で男に犯されている自分の姿に、被虐心が高まった千紗の内部が再び収縮を始めた。
「千紗、そろそろ……」
「おねがいです、ご主人さま……。千紗に、千紗にもっと……」
 和真の声が耳に入らないまま、荒い息遣いで千紗は再度の絶頂をねだった。その虚ろな瞳は鏡の中の自らの嬌態へと向けられている。熱く融けた脳に思考能力は残っていない。本能のままに快楽を求め、そして和真を求める。
「まだイきたいのか?」
 なけなしの余裕を振り絞り、和真は言葉でなぶった。
「あれだけイっといてまだ物足りないのか。この淫乱猫」
 わざと耳に息を吹きかけるように低く笑うと、女の内部がひくっと震えた。
「はい、千紗はインランです。だから、おねがいです。もっと……」
 腰を擦り付けるように左右に振り、和真を得ようと貪欲に蠢く。その姿の淫らさに、和真に残っていた理性の最後の一片が弾け跳んだ。
「よし、イかせてやる。イきまくれよ!」
 ベッドのスプリングを利用して、和真は狂ったように腰を叩きつけ始めた。こうなると技術もペース配分も関係ない。ただ求める瞬間に突き進むだけだった。十秒と持たず、千紗が陥落する。
「やっ、ひっ! イく!」
 びくんと震えた身体を引き寄せ、和真はさらに叩き込んだ。快楽の余波を愉しむ余裕もなく、千紗は二度三度と打ち上げられる。
「あ、ああっ! だめ、ああっ!!」
 千紗のひざがガクガクと痙攣した。足首が反り上がり、力の入ったふくらはぎに細い筋肉の線が浮き上がる。無意識に前方へ逃げようとする身体を押さえつけ、和真は手首をつかんで引き寄せた。腰を突き出すのに併せて強く腕を引き、女の身体の中をこすり上げる。
「もうダメ、もう許して! ひっ、イくイくイく!」
「遠慮するな、イき狂え!」
 そういう和真もギリギリだった。歯を食いしばり、溢れそうな限界ラインに必死で留まり続ける。いつ決壊するかわからない。
「ああああっ! あ、ひっ! あああっ!!」
「う、くっ、うおっ!」
 言葉にならない悲鳴を上げながら、千紗の内部が和真に絡み付いてくる。そのうねりに巻き込まれるように、和真は熱く締め付ける千紗の最奥に欲望を吐き出した。




「ね、機嫌直して。本当にごめんって」
「……ふん」
 ソファに座って、ホテルのロゴの入ったバスタオルで乱暴に濡れ髪をこすっていた千紗は、和真の言葉にぷいとそっぽを向いた。五度目の詫びをあっさり蹴られ、和真はまだ水滴の残った髪へと手をやり、ボリボリと掻きながら部屋の隅のハンガーラックへと視線を走らせる。そこには先ほどまで千紗が身にまとっていた浴衣がかけられていた。
「また、新しいの買ってあげ――」
「あたしは、あれが気に入ってたの!」
 叩きつけるように返ってきた言葉に、和真は思わず天を仰いだ。
 ちょっと、やりすぎたか。
 一時間近く続いた陵辱の末、新品だった筈の浴衣は有り得ないほどの無数の皺と濡れた跡でドロドロに汚れていた。薄いピンクで描かれた可憐な桜には、卑猥な粘液が糊のようにこびりついている。
「ごめん。本当にごめん。俺が悪かった。ちゃんとクリーニングしてくるから」
 タオル地のバスローブを着た和真はぱちんと手のひらを合わせると、神棚に向かうような神妙な顔で頭を下げた。その様子をちらりと横目で見て、そして千紗は仕方ないなと呟く。どっちにしても許すしかないのだと、千紗にもわかっている。
 だって、好きなんだもん。何をされても、好きなんだもん。
 曖昧な笑みを浮かべた千紗に、和真が安堵の息をついた。首にかけていたタオルで髪を拭きながら壁際のラックに手を伸ばし、中のファイルを一つ抜き取る。
「じゃあ、食事にしよう。なにがいい?」
 テーブルに階下のイタリアンレストランのメニュをいそいそと並べると、和真はにっこりと笑いかけた。どちらかと言うと大食気味な千紗にこの攻撃は効果的だということは、和真もよくわかっている。現に千紗の顔から不機嫌の影は消えていた。小首を傾げながらページをめくる様は、まるでおもちゃを選ぶ子どもだ。目が輝いている。
 こういうところわかりやすくて、やっぱりちょっと、可愛い。
 和真は笑い出したくなるのを堪えると千紗の隣に腰を降ろし、バスタオル越しの細い肩を抱き寄せた。

  -おわり-

  おまけのあとがき
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