花を召しませ -3

「お待たせー」
 待ち合わせ時間の午後六時半ギリギリに、駅前ロータリーに滑り込んできた車高の低い黒い影から顔を出した人はそう言って笑った。目の前の、いかにもなスポーツカーと薄い緑色のサングラスと白っぽい迷彩柄のTシャツの男性。それが誰なのか、一瞬わからなかったけれど。
「シズくんっ?」
「はぁい」
 サングラスを外すと、彼は明るい笑顔をわたしに向けた。その表情は多分いつもと同じだと思うけれど、いつもは暗いバーカウンタ内で白いシャツを着ていた彼がカジュアルな服装で明るいところにいるのは、なんとなく不思議な感じがする。
 わたしも、そういう服着てくればよかったかな。
 思わず自分の格好を見下ろしてしまう。仕事帰り丸出しなスーツで彼と一緒にいると、いかにも年上ですって感じで、なんかちょっと。
「まあ、乗ってよ、とりあえず」
 その言葉とほぼ同時に助手席のドアが大きく開いた。言われるがままに低い座席に少し苦労をして乗り込み、ドアを閉める。わたしがシートベルトを掛けるのを待ってから、思っていたよりもゆっくりと車は進み始めた。運転席に目を向けると、彼は眩しそうに目を細めながらサングラスを掛け直していた。ちらりと見ただけだからはっきりとはわからなかったけど、少し目が赤かったような気がする。
「シズくん、何時に起きたの?」
「ん、一時間くらい前かな。店終わってからオーナーと朝まで飲んでて、そのあとサウナ行って、寝たの九時過ぎでさ。しかも、なかなか眠れなかったし」
 彼は明るくカラカラと笑いながら、真正面を見たままハンドルを握る。その横顔は濃い眉とシャープなあごのラインが目立つ。ワックスできれいに整えられた髪が夕日に光っていた。
「これから、どこか行きたいところ、ある?」
「えっ? う、ううん。別に」
「そっか。じゃあさ」
 ちらりとサングラス越しのまなざしがわたしに向けられる。唇に浮かんでいる薄い笑みにどきっとした。
「変なところ、連れて行ってもいい?」
「へんなところ?」
 どういう意味?
 訊き返してはみるけれど身体は正直で、だから心臓がドキドキと勝手にその動きを早めて行く。彼も本当はわたしがわかってるって気付いてるんだと思う。それ以上の説明はしなかった。
「――いい?」
 再度尋ねられて、わたしは黙って頷いた。



 初めて来たその場所も部屋も、思っていたよりも明るくてきれいだった。玄関を模した入り口でパンプスを脱ぐや否や、抱き寄せられる。
「ちょ、ちょっと……」
 もがいてみても、強い腕は決して逃がしてはくれなくて。
「こないだのとき、俺は俺でギリギリだったんだよ。美雪さん」
 低い声に囁かれて顔を上げた。その笑顔はいつもと同じのような、少し違うような。
「でも美雪さんが初めてなら、それなりに準備しないとね」
 どういう……意味?
「そんな心配そうな顔しないで」
 くすっと笑うと、彼は軽く頬にキスをした。抱き寄せる腕に力が入って、そしてそのまま身体を持ち上げられる。
「きゃっ」
 宙に浮く不安定さに、思わず彼の首にしがみついた。背中とひざを支点に抱き上げられる、いわゆるお姫さまだっこ。今まで経験したことのないこの体勢は恥ずかしいけど、でも、ちょっと。
「お、重くない?」
「うん。全然」
 それを証明しようとしたのか、彼はわたしを軽く揺すった。不安定感が増して、彼の首に回した腕に力をこめる。そんなわたしの様子に彼は声を上げて笑った。
「これ、いいな。美雪さんから抱きついてきてくれるって」
「ちょ、ちょっと、遊んでないで……」
「うん、わかってる。ごめんごめん」
 くすりと笑うと彼はそのまま奥へ向かって歩き出した。ドアを脚で開けて中央に置かれた大きなベッドに向かう。バランスを取りながらゆっくりベッドに腰を降ろして、そして彼はわたしを見た。これからの自分の身に起こるであろうことを考えると、向けられたまなざしにどうにも耐えられなくて、顔を伏せてしまう。
「なんで、眼をそらすの」
 ひざ裏を支えていた彼の手がそこから外れて、わたしのあごを軽くつかんだ。ひねるように顔を上げさせられて視線が絡む。
「美雪、さん……」
 低くかすれた声がわたしに口づけた。
 軽い、触れるだけのキスにも身体が固くなる。
 一度離れてから、唇の隙間を割るように彼の舌が侵入して来た。絡み付いてくる舌に応えるように軽く触れると、じゅっと音を立てて吸い上げられる。子どものように恋愛に憧れていた頃は想像することさえなかった、頭の芯が痺れるような濃厚なキスは、もうキスなんて言葉じゃ表現できないような、紛れもなく愛撫のうちの一つだった。
 流し込まれる少し苦い唾液は、タバコの味。
「ん……」
 軽く身じろぎしただけでもわたしを抱きしめる彼の腕が強くなる。絶対に逃がさないとそう言われているようで、怖いけどドキドキする。こんなに簡単に言葉を信じて、こんなに簡単に抱かれるなんて、バカな女なのかもしれないけれど、でも。
「美雪さん」
 囁くような声が耳をやわらかく噛んだ。びくっと震えたわたしを面白がるように低く笑いながら、器用に動く指先がブラウスのボタンを一つずつ外して行く。あいだから現われた肌に恥ずかしくなって顔をそむけると、先回りした手に阻まれた。頬からあごを大きな手のひらで覆われて、押し上げるように上を向かされてしまう。上目遣いに睨みつけると彼は目を細めて笑った。
「ホント、可愛いなあ」
 背中に回っていた彼の手がブラウスと肌の隙間の空間へと入った。ぱちりと弾かれた感触と同時に胸元が緩むのがわかる。背中からお腹までを何度も撫ぜていた手が不意にブラカップのあいだへと潜り込んだ。
「やわらかい……」
 呟くように言いながら、彼は大きな手で胸をすっぽりと包み込んだ。
「あ……い、や……」
 やわやわと撫でさすられて、身体がピクピク震えてしまう。何度もイジられているうちに反応していくのがわかる。弄ぶように耳を舐めていた舌がゆっくり降りて、ちゅっと小さな音を立てて首すじを吸い上げた。
「乳首、勃ってきたね」
「っ……んっ」
 敏感な胸の先端をきゅっとつままれて息が詰まった。恥ずかしくて身悶えしても彼の手は止まらない。ブラウスの前を全開にすると顔を伏せるようにして胸に唇を押し付けた。ぬるりと触れる舌の感触に肌が粟立つ。遊ぶように周囲に唾液で濡らしてから、不意に強く吸い上げられた。
「あ、んんっ」
 びくんと身体が跳ねた瞬間に彼の手が離れ、そのままくるりと視界が一回転した。ベッドに寝転ばされたときには、どこをどうしたのかブラウスとブラが外されて、上半身は裸だった。シャンデリアを模した灯りから隠すように、彼の影がわたしに覆い被さる。
「美雪さんって、おっぱい結構感じるんだよね。こうするの好きだったっけ?」
 そんなことを言いながら、彼は指先でやわやわとつまんで軽くすり潰した。音を立てて胸元のあちこちを吸い上げながら、手のひらを滑らせてわき腹からお腹の辺りまでを撫でさする。
「……あっ、やっ……!」
「いや? どこがイヤ? どんなふうにイヤ?」
 もどかしいくらいに弱い刺激と息ができなくなるような強い刺激を交互に送り込みながら、彼は言葉でもわたしをいじめた。答えることもできないわたしを見て楽しそうに笑いながら、赤く尖り始めた乳首をきゅっとひねって、そしてすぐに口に含む。舌先でちろちろと舐め上げて、そして軽く噛む。舌を器用に使って、強く弱く、彼は何度も何度もそれを繰り返す。わたしは彼に翻弄されるだけだった。
「……あっ……ああっ! は、ぅっ……」
 ひくひくと身体が、そして腰が、勝手に動いてしまいそうになる。彼はそれを見逃しはしなかった。タイトスカートの内側にするりと手が滑り込んでひざからふとももまでを撫で上げる。
「……んんっ!」
 きゅっとひざ裏を押し上げられて腰が浮いた。その隙に、スカートをめくり上げられ、パンストはふとももの半ばまで降ろされてしまう。中途半端なところで止まったパンストのせいで、脚が上手く動かせない。
「うわ、すごい眺め」
「や、やだあっ」
 上半身は裸で、下半身はスカートをお腹までめくられた状態でショーツが丸出し。そんな自分の姿に思わず暴れたけれど、彼は逃がしてはくれなかった。
「お願い、やめて……」
「恥ずかしい? 赤くなっちゃって、可愛い」
 スカートを戻そうとしたわたしの手を取ると、彼は指を絡めるように強く握った。そのままベッドに押し付けられると身体の自由度を制限される。捕らえられているという感覚が更に神経を研ぎ澄まして、どこをどうさわられているかがわかってしまう。
「だいぶん濡れてきてるよ」
 囁くように言いながら、彼はふとももの内側をさわさわと撫でていた手を脚の付け根に移した。ショーツの上からその辺りに指がこすりつけられる。彼の指の動きに併せて、じわっと滲んだものが流れ出ていく。
「んっ、あ……や、やだ……」
 きゅっと強くそこを押さえられて身体が震えた。そのまま突付くようにされると、ショーツの濡れた部分が張り付くのがわかる。
「あ、はっ、く、ぅ……」
 びくっと震えると背がベッドから浮いた。わたしのそんな様子に彼が少しだけ笑った。額と頬、そして唇に、軽いキスが連続して落ちてくる。
「ほら、クリが勃ってきてる。わかる?」
 ショーツのあいだからするりと入り込んだ指が直接そこに触れた。ちゅくちゅくといやらしい水音を立てながら彼の指がわたしを追い詰める。優しく円を描くような指に身体がビクビクと跳ねてしまう。強くつむったまぶたの裏の、緑色がかった闇に白い火花がぱちっと散った。彼にさわられている部分がピクピク動くのがわかる。
「気持ちいい?」
「や、あっ! あ、あぅっ」
 肯定か否定かもわからないまま首を振った。のどをそらすように喘ぎながら、彼に与えられる強い快感に身をくねらせる。
「もっと気持ちよくしてあげるね」
 そう言うと、彼は身体を起こした。太ももから下のほうへと手のひらを滑らせて、汗ばんだ肌に張り付いたパンストを転がすようにして引き剥がしていく。最後にきゅっと足先から抜くと両手でふくらはぎをつかんだ。そのまま大きくひざを開けさせられる。
「や、だぁ……」
 自分の格好を思うと、恥ずかしくて身の置き所もない。顔をそむけて眼を強くつむるとほぼ同時に、抑え込むように体重を掛けられた。軽く浮いた腰の下に手が滑り込み、最後の一枚が脱がされてしまう。
「やっぱり、きれい」
 溜息のような声がお腹にかかった。慌てて身をよじると、低い吐息がクスクス笑いに変わる。触れた指がそこをゆっくりと広げる。やや早めのリズムで吐きかけられていた彼の息が一瞬止まったのがわかった。
「すげー。糸引いてる」
「見ちゃイヤだって……やだ、ああっ」
 ちゅっと音を立てて吸い上げられて思わず声が出る。以前にも彼に与えられたその感触は、非現実的すぎるほどに気持ちよかった。丁寧にゆっくりなぞられると、自分が融けてしまうのではないかとの恐れさえ湧く。
「や……やだぁっ。ひっ!」
 卑猥な音を立てて舐め上げられて腰が浮く。それは彼を拒絶しての動きではなかったけれど、彼はやや乱暴にわたしをベッドに押し戻した。手荒く扱われることになぜか胸が熱くなる。

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