花を召しませ番外編
セクシャルオムレット -4

「ね。なんで、そんなに緊張してるの? もう何回もしてるでしょ?」
「だって、そんな……」
 わたしの身体を指先で辿りながら、彼はおかしそうにくすりと笑った。
「まあ、そういう美雪さんも可愛くていいんだけどさ」
 シャツの中へと滑り込んできた少し冷たい指先がブラのホックを外した。ゆっくりと肌をなぞられて、それだけで震えてしまう。
「でも、そろそろ慣れてよ。もっと自然に感じて、声も出して。あなたが俺のものだって実感させて」
 ついばむような軽いキスを繰り返しながら、彼はボタンを外して行く。ブラウスを肩から引き抜いて分厚いシャツをめくり上げてブラを抜き取って、そしてわたしはあっというまに上半身裸にされる。
「やだ……。恥ずかしい、よ」
 彼に素肌を見られるのは、羞恥と奇妙な高揚が入り混じった複雑なものだった。嬉しいわけではないけれど、嫌でもない。隠したいけれど隠せない。それは治りかけの傷口を塞いでいる、周囲のめくれあがったかさぶたに似ているかもしれないと、そんなことをぼんやりと思った。痛いとわかっているのに触りたい、触らずにはいられない。そんな奇妙な誘惑にくらくらする。
「ん、服着てても可愛いけど、でもこっちのカッコのほうがいいな。俺は好きだな」
 本当は、全部脱いだ姿が一番好きなんだけど。
 くくっと卑猥に笑いながら彼はわたしを抱き寄せた。背に回った手のひらがゆっくりと這い回る。背筋を指先でついと撫で上げられて、身体が震えた。
「あっ、やっ」
「相変わらず、敏感」
 楽しそうに笑いながら、彼はわたしのあごに男性にしては細めの指先を引っ掛けた。一呼吸を待つ暇もなく上を向かされて、深く唇を塞がれる。口内を彼の舌が好き勝手に暴れまわる。くちゅくちゅと頭の中で響く音がひどく卑猥だと、思考の片隅で思った。
 舌先で上あごの内側をぬるぬるとなぞられると震えが走る。絡め取られた舌が強く吸い上げられる感覚に気が遠くなる。不思議な気持ちよさと酸欠で理性が消えて行くのがわかった。もうそれは単なるキスではなく、明らかに愛撫で、そして前戯だった。
「ン……ふ、ん……っ」
 流し込まれた唾液を飲み込むと、まるでそれが強いお酒だったかのように、お腹の辺りがじわじわと熱くなってくる。じわりと、自分がにじんで行くのがわかる。
 キスだけで、こんなにいいなんて。
 わたしの反応を見越したように、彼の手が動き始める。背を脇腹をそして胸元を、わたしをからかうようにゆっくりとなぞる。すでに固く尖り始めていた乳首を指先でつままれて息が詰まった。
「ん……あ、は……あっ」
 唇が離れると、飲みきれなかった唾液が口の端から流れ落ちる。それを少しだけ恥ずかしく思いながら、肩を揺らして浅く早く息をした。吐息までが熱を持っているような気がする。
「美雪さん」
 名を呼ばれてゆっくりと目を上げた。台所の灯りに照らし出された、ひどく淫らな表情にどきりと胸が鳴る。いつもと違うぼさぼさの髪もピンクの服も、ムードと言うものには程遠かったけれど、そのまなざしだけで充分だった。彼の視線を注がれるだけで動けなくなる。抵抗できなくなる。
 意識が絡め盗られる瞬間。
「美雪さん。ベッド、行こ?」
「うん」
 低くかすれた卑猥な誘いに、朦朧としたまま頷いた。



 キッチンスペースから約三メートルの距離にあるベッドへわたしを降ろすと、彼はカーペットの上にひざをついて座った。どうしていいかわからず戸惑うわたしをじっと見上げながら、スカートのホックを外しタイツを脱がせる。あとはショーツだけと言うところで手を止めて、彼はにっこり笑った。
「すごくいいね。素敵だよ、美雪さん」
「やだ。見ないで」
「んー。それは却下」
 言いながら大きく脚を開かせると、その隙間に身体をねじ込むように歩を進めた。たった一枚の薄い小さな布切れだけを残した姿を彼の目の前に晒す体勢に思わず逃げようとしたけれど、簡単に彼の手に阻まれてしまう。あっさりと両手を彼の左手一本で押さえられて抵抗できなくなる。
「や、やだ、シズくん、放して――」
「放さない」
 けれど非難の言葉は、嬉しそうに笑う彼の声に途切れてしまった。卑猥な彼の笑みにこれから訪れるであろう快楽の予感が胸の奥でざわつく。熱くあふれてしまいそうになる。その事実が恥ずかしくてそむけた顔は、意地悪な手に戻された。思わず睨み付けると彼は楽しそうに笑う。
「絶対に、放さないよ」
 ひざ立ちで上半身を起こすと、彼は覆い被さるようにわたしにキスをした。そのままぬるりと入り込んだ舌に先ほどと同じラインを辿られて、収まりかけていた火が胸の奥で再び熱く熾る。
「こんなに好きなのに放せるわけないでしょ。無茶言わないでよ」
 優しい言葉を囁きながら、彼の舌は卑猥な動きで首すじから胸元へと、的確な箇所を刺激した。胸の頂きを舌先で軽く何度か弾かれただけで声が漏れてしまう。
「ん、もう乳首勃ってきた」
「あ……や、だ……あ、んんっ」
「やだって、でもほら、乳輪からぷっくり腫れちゃってるよ」
 からかうように言いながら彼はちゅっと音を立てて吸い上げた。舌先で器用にぐにぐにとこねられて腰が揺れる。それを恥ずかしく思いながらも、加速して行く身体は止められない。
「じゃあ、こっちはどうかな?」
 もう片方の胸を弄んでいた手が肌を撫ぜるように脇腹からゆっくりと降りて行き、わたしを隠す最後の一枚へと触れた。つかむように全体を手のひらで覆って、ぎゅっと押し付ける。確かめるように指先でゆっくり辿られると震えてしまう。
「や、だ……シズくん」
 小刻みにこすりつけられて、薄い布地とのあいだが徐々に湿り気を帯びて行く。指を強く押し付けられるとショーツに中指の第一関節までがぬるりと埋もれる。布越しのざらりとした感触にのどをそらせてしまう。
「やあっ! あ、は……あっ」
 その瞬間に内側から熱いものが溢れ出る。自分のその部分が震えているのがわかる。思わず『もっと』と口走りそうになって、慌てて首を振った。
「やだ……。ねえ、だめ」
「なんで、やなの?」
 楽しそうに笑いながらも、冷静な指はショーツの上で強く弱く素早くゆっくり、わたしを弄ぶように円を描き続けた。その巧みな動きに耐え切れなくなる。声を抑えることもできなくなって、彼から逃れるように彼の指を求めるように、自ら腰を揺らしてしまう。
「ん、あ……ん、あっ、やあっ」
「ね、気持ちいい?」
 クスクス笑いながら彼はその指先をショーツの隙間へと忍び込ませた。熱くぬめった身体には彼の指はまだ少し冷たい。その温度の違いがわたしと彼の差のような気がする。自分だけが快感に溺れているようで恥ずかしい。
「や、だあっ」
「また、そんなことばっかり言って」
 どんなに抵抗しても簡単に彼に翻弄されてしまう。軽く指を擦り付けられただけで身体が跳ねそうになる。
「ほらもう、こんなにぐちゃぐちゃだよ」
 彼の言葉通り、そこを上下になぞられるとぐちゅぐちゅといやらしい水音が鳴った。身悶えしそうな恥ずかしさと指が与えてくれる心地よさに、身体から理性が蒸発して行く。ゆっくりと圧し掛かられてシーツに落ちた。笑みを含んだ目に見つめられて、されるがままに大きくひざを開く。ゆっくりと入り込んでくる彼の指に、背が勝手に浮いて行く。
「こんなに濡らしてて、よくないわけないよね?」
「やだあ……っ! や、あ、あ……ああっ」
 否定するように首を振りながらも、彼のいやらしい言葉にヒクヒクとそこが蠢くのがわかった。辱められることがこんなにも嬉しいなんて、自分はどこかがおかしいのではないかと思う。口でどう否定しようと実際には悦んでいるのだと、そんな女だと、彼にだけは知られたくないのに。
「ホント、頑固だよね。こっちの口はこんなに正直なのに」
 くくっと笑うと、彼は奥を犯していた指を一気に引いた。自分の中から違和感がなくなる頼りなさになぜか力が入る。ぎゅっと彼の指を締め付けてしまう。
「ほら。抜いちゃイヤだって、もっとしてって」
 彼にはわかってしまうのだろうか。はしたない女だと思われてしまうのだろうか。絶望にも近い感情に視界が滲むけれど、それは本当は強い快感に押し出された涙なのかもしれなかった。
「ね、ホントは気持ちいいでしょ?」
「あっ! あ、やだっ! だめぇっ!」
 ひどい言葉を優しく囁きながら、ずぷっと卑猥な音を立てて再び指が入り込む。巧みに指をこすりつけられて、悲鳴に近い叫びを上げてしまう。身体が勝手にその先へ進もうとする。
「や、やだっ! だめ、だめ! もうダメ、お願い、やめ……っ」
 口で否定しながらも、内心はその先を望んでいた。実際の言葉とはうらはらの淫らな要求を胸の奥で何度も響かせながら、ガクガクと身体を震わせて指を締め付ける。わたしの求めに応じるように、彼の指がもう一本するりと滑り込んだ。その衝撃に背をそらせて喘ぐ。
「あっ、あっあっあ……っ!」
 二本分の指は、彼を受け入れるときの息苦しさに少し似ていたけれど、そこまでの痛みはなかった。強い違和感と異物感は戸惑いに近い。わたしの中で別々に動く器用な指が思考までも掻き回す。指が立てる卑猥な音に聴覚を支配される。楽しそうな彼の声に耳をねっとりと舐められて身体が硬直した。
「もうイきそう? イきたい?」
「やっ、ああ……っ」
 卑猥な問いかけが耳たぶを甘く噛む。追い討ちを掛けるように、もっとも敏感な肉芽を指先でやわらかく揉まれて全身に力が入った。まぶたの裏がパチパチとはぜる。
「ねえ、イく? もうイく?」
「イくっ、イっちゃうぅっ!」
 重力も世界も、そして自分がどうなっているのかもわからない中で、彼の満足そうな笑みと強い快感だけが確かだった。ただ、欲しい。もっと欲しい。狂わせて欲しい。
「ん、いいよ。イって。いやらしい声聞かせて」
 彼の言葉がさっきより遠くに聞こえるのはなぜだろうとおぼろげに思った瞬間、熱い息がふとももに吐きかけられた。ちゅっと吸い上げられる強い快感に、耐え切れず絶叫した。
「ああっ! イ、イくっ!!」
 ビクビクと全身を震わせて声を上げても、彼の指も舌も止まらなかった。ぐちゅぐちゅと聞こえる音と強く突き上げられる快感に思考が蒸発する。
「やぁっ! はっ、あ、ああっ! あ、ああ……っ」
 浅ましく腰を振って身体をくねらせて泣き叫んだ。熱い舌にざらりと舐め取られるたびに、背が反り返り脚が震える。
「やだっ! もうダメ、ダメっ! おかしくなるぅっ」
 それは、怖くなるほどの快楽。

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