この指を伸ばす先-5

「意気込みは買いますけれど、この時期と言うのは正直少し困るのですよ」
 真向かいに座ったやや引きつった笑みを浮かべる壮年の黒のスーツに、余裕の笑顔が穏やかに頷いた。
「今すぐどうこうと言うわけでもありません。ただ、現状では来年度はこのように決定されることになっています、と言う報告のようなものです。そちらに不都合があるのでしたら早急に問題点の修正を図られるのがよいかと思われます」
 昼食時とは言え、それほど人影のない社内の重役専用ラウンジの目立たない一角で、時に激しく時に淡々とビジネス会話は進んでいた。内容に従ってファイルケースから何組もの資料が出入りする。亮治と並んで座りすべてを見聞きしながら、けれど理香は今が夢か現実かさえわからずにいた。
 ん……、ん、く……ぅっ。
 危うく漏れそうになった喘ぎを飲み込むと、下唇を噛みながら理香は眉をひそめた。疼くような振動に犯され続ける身体がもうそろそろ限界だと訴えている。
 早く……早く、終わって……!
 祈るように内心で叫びながら、理香は必死でテーブルの下でヒクヒクと揺れる腰を抑えていた。深刻な会話の最中にも時折、切羽詰った理香の表情を楽しむかのように意味深な笑みを含んだまなざしを亮治が送ってくるが、それに気付く余裕は勿論ない。ただ、強制的に身体に送られてくる快感に荒くなって行く息を堪えていた。屈辱的な状況にも関わらず、身体は素直に反応してしまう。
 あっ、も、もう、だめっ! イっちゃうっ!
 不自然なほどに姿勢よく背を伸ばしていた理香が、更に仰け反るかのように腰をびくんと震わせた瞬間、なぜかすべての振動が弱まった。ソファの背もたれに倒れ込みそうになった理香を伸ばした左腕で支えながら亮治が覗き込んだ。
「大丈夫か、今西くん」
 大丈夫なわけないでしょうが!
 同席者に気付かれないように上目遣いで睨みつけるも、熱く潤んだ大きな目は理香が快感に解けていることを現していた。
「もう少し、我慢できるかな?」
 別の意味を含めた、いかにも物分りのよい上司のような亮治の言葉に、理香はぎりりと奥歯を噛みしめた。
「はい……。まだまだ、大丈夫、です」
 唇の隙間から吐き出すように理香が言うと、亮治の左眉がわずかに上がった。反抗的な理香の態度を咎めるように、ショーツの内側がぶぶぶと強烈に震え、理香の目が切なく歪む。薄く開いた唇の隙間から熱い吐息が漏れるのを亮治は満足そうに聞いた。
「そうか、それならいいが」
「どうかしたのかね?」
「いえ、単なる風邪かと思います。季節の変わり目ですからね、この時期は体調を崩しがちなものでしょう?」
 調子を合わせるように理香を気遣う同席者を適当な言葉であしらい理香を気遣う振りをしながら、亮治は左手の中に隠したカード型の小さなコントローラーを器用に操作した。オンオフを繰り返し強弱をつけて、これ以上はないほど執拗に敏感な部分をなぶり続ける。それでも決して限界を超えないようにと、細心の注意を払っての微調整に、理香は頂点の三歩ほど手前でムリヤリ留まされていた。
 やっぱり、この人はこういう人なんだわ。
 何度もイきそびれた身体は敏感になっていた。快感の波に飲まれることを望む肉体は些細な刺激にも反応する。頑強だったはずの理性はすでに対抗する手段を失っており、そのことが理香にはひどく腹立たしかった。
 あたしのこと弄んで……こんなこと、して……。
 けれど貼り付けられた異物から伝わる振動を、そして亮治の卑猥な視線を意識しただけで、理香は身も心も絡め取られてしまう。
 もし、こんな人のいるところで……。
 そう思っただけで、なんとも表現のし難い暗い燃えるような思いが理香の内側から湧きあがる。亮治がまさかそこまで理香に望むことはないとは思うが、けれど亮治にも失敗はあるだろう。その指先が少し角度を間違えただけで理香は一瞬で達してしまう。もし踏み止まれたとしても高い嬌声を放ってしまうことだろう。このような他人の居る場でおもちゃなどでイかされたらと思った瞬間、理香は自分のそこから熱い潤みがとぷりと流れ出るのを感じた。
 もし……もしも、こんなところでイっちゃったら……?
 理香の内心を読み取ったかのように亮治の指が動き、振動が強まる。攻められている箇所だけではなく、全身が熱く疼いていた。控え目なサイズながら敏感な両乳房が、早くさわって欲しいと張り詰める。軽く指先で数回撫でただけで、その頂きは更なる愛撫をねだるように固く立ち上がるだろう。軽く歯を立てられれば痛みと快感が電流のように背筋を貫く。このまま、固い男根を突き立てられ乱暴に揺さぶられ、卑猥な言葉を投げかけられて犯されたなら……。
 静かなラウンジの重役二人のビジネスライクな会話を聞きながら、理香は秘所をローターに攻め立てられ、卑猥な想像を巡らせた。
 もうだめぇ、さわりたいよぉ……イきたいよぉ……挿れて欲しいよぉ……。
 虚ろに内心で理香が呟きわずかながら腰を揺らめかせたその瞬間、振動が止まった。何が起こったのかと理香が思う暇もなく、目の前の男性二人が立ち上がる。
「では、今回はこれで」
「お手数で申し訳ありませんが、検討をよろしくお願いします」
 一瞬だけそれを茫然と見上げてから、理香は慌てて立ち上がった。亮治と並んで頭を下げ、同席者が立ち去るのを見送る。
「やれやれ終わった。ご苦労だったな、理香」
 軽く肩を回しながら言うと、亮治は何事もなかったかのように座り直し、テーブル上に散乱した書類を整理し始めた。
「あ、マネージャー、それはあたしが……」
 体面上、理香と亮治の関係は上司と部下だ。人影がまばらな上に背の高いソファでボックスに区切られたテーブル席、しかも観葉植物が他の席からの視線を遮っているとくれば誰かに見られるおそれはほとんどないが、それでも秘書が何もせず上司が書類を片付けていては違和感がある。けれど手を出した理香に亮治はにっと笑った。
「構わん。おまえの仕事はもう終わった」
「仕事……?」
 オウム返しに呟いて、そして理香は眉をひそめた。
「終わったって……まさか!」
「いい仕事振りだったぞ。おまえのお陰でくだらん時間が楽しかった。これはなかなかいい趣向だな」
「先輩、まさかっ!」
 思わず大声を上げた理香をけん制するように、亮治は左手を軽く振って見せた。
「おまえがイくのを我慢している顔は最高だな。最高に可愛い」
「あたしの仕事って、そんなことなんですか! 先輩はそんなことであたしをっ!」
「今回はな」
「な、あ……っ、ん、くうっ」
 怒鳴り返そうとした瞬間、忘れかけていた振動が強烈に理香を揺さぶった。
「そう怒るな。おまえだって気持ちよかっただろう?」
「や、でも、こんなの……ひど……あ、んんっ」
 ひくひくと腰を揺らしながら理香はのけぞった。強く閉じた瞳の奥がちかちかと瞬く。頭の中に産まれた大きな渦に理性が巻き込まれる。
「それで、こんなこと……?」
「ん、ああ、そうだな」



 それは約四十分前の女子トイレでのことだった。亮治は情熱的なキスを繰り返しながら、理香の衣服に手を掛けた。ベルトを外しジッパーを下ろしパンストを避けて、ショーツの内側へと手を滑り込ませる。わずかに身をよじらせた理香を片手で抱き寄せながら、手のひら大のばんそうこうを理香の秘所へペタリと貼り付けた。
「んんっ?」
 驚きに目を見開く理香を壁と自分の身体で挟むように更に強く抱きしめ、亮治はばんそうこうの内側に仕込んだものをぎゅっと指先で押し込んだ。すでに熱く濡れそぼっていた肉の花はさしたる抵抗もせぬままそれを飲み込む。違和感に気付かせないほどにやわらかな感触が隙間からぬるりと入り込み、行き止まりで小さく突き出ていた肉の芽へぴたりと吸い付く。亮治の指がピンポイントでそこへ押し付けると、異物は不思議なほどぐにゃりと変形し、ぴったりとクリトリスを包み込んだ。
「な、こ、これ、なに?」
「新作だ。新素材で作られたリモコンローターだとさ」
「ろーたー……?」
 意味を理解しないままの理香の表情に面白そうに低く笑うと、亮治はスーツのポケットから名刺大の薄いカードを取り出した。キャッシュカードかと眉をひそめかけた理香は先ほどの亮治の言葉を思い出す。
「や、だ……。先輩……まさ、か……」
「仕事だぞ、理香。俺を楽しませてくれ」
 亮治の指が器用に小さなボタンを幾つか押す。その途端、理香のクリトリスに痺れるような快感が走った。
「や! あ、あ……あ……んんっ? んむぅうっ?」
「いい声だが、今回はそれはなしだ。声はできるだけ出すな」
 大きな手のひらで理香の口を覆うと、亮治は低く楽しそうに笑った。
「なにせ、これから総務部長と会談だからな」
 なんですって?
 驚きに目を見開く理香にファイルケースが再び差し出された。
「おまえにはこのまま同席してもらう」
「やだ、こんなの……な、んで……。あ、やあっ、あ、くぅん……」
 拒否しながらもいやらしい器具に敏感な箇所を揺らされて甘く喘ぐ理香に、亮治はにっと厭味に笑った。快感にひくひくと腰を震わせる理香の様子を観察しながら、指先ひとつで小刻みに出力を調節する。
「思う存分感じればいいだけだ。気持ちいい仕事だろう?」



「ひ、ひどい……ひどい、よぉ……」
 言葉では亮治を責めながらも、知らず開いた理香の唇の端からは快感の熱い息が吐き出される。伸びてきた腕に抱き寄せられ、その胸に頬を埋めて身悶えた。
「あ、んぅっ! せんぱ、い……、もう、や……だぁ」
「イきそうか? イきたいか?」
 優しい亮治の声に尋ねられ、理香はシャツに額をこすりつけるように首を強く何度も横に振った。
「や、やだっ、やだぁっ」
「嘘をつけ。イきたいんだろう? ローターがそんなにいいか?」
「ちが……んんっ! あ、ああっ、あああっ」
 身体の反応とはうらはらの理香の否定の言葉に亮治は面白そうに唇の端を吊り上げた。手の中のリモコンが出力を変え、振動が一気に強まる。内心でずっと待ち望んでいた絶頂の予感に、理香の全身に力が入る。ひくっひくっと痙攣するように震えながら亮治のシャツに指を絡め、その背をしなやかにそらせた。
「や、あ、あっあっ……あああっ!」
 のけぞったまま、まばたきもせず天井を見つめる理香の目から、ぷくっと涙が盛り上がる。顔を伏せるように理香の目元に唇を寄せ涙を舐め取りながら、亮治は突如ローターのスイッチを切った。
「あ……あ、はあっ……?」
 苦痛寸前の痺れるような快感が頂点の直前で突然取り上げられたことに理香がうろたえる。問うような咎めるような、けれどこれ以上はないほど続きを熱望する濡れたまなざしが亮治に向かう。それを真正面から受け止め、そして亮治はそっと笑った。
「残念だがイかせてやれないな」
 涙目の視線にわざと優しく目元を緩めながら、手の中のカード型リモコンを一挙動で指先にはさんだ。理香に見せつけるように軽く左右に振り、にっこりと笑う。
「おまえをイかせるのは、こんなものじゃない」
 低い声が理香の耳を甘く噛む。濡れた舌が這う感覚にひくりと反応した身体に、抑えた響きが卑猥に囁いた。
「俺だ」

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