花を召しませ番外編
ライクネスラブ -5

「美雪さん。下、見て」
「し、た……?」
 言葉の意味がわからないのだろう、呂律の回らない声でそう問い返してくる。
「美雪さんと俺が繋がってるところ」
 わざと低く笑いながら視線をそこへ向ける。彼女は釣られたように俺の目の跡を追って、そしてぱっと顔をそむけた。
「ちょっと、や……やだっ」
「ダメだよ、ちゃんと見て。勝手にイった罰だよ」
 言いながら彼女を支えるのを右腕一本に任せ、その頬に手のひらを沿えて視線を引き戻した。彼女がうろたえつつもそこを見たのを確認してから、花びらの根元まで指先で大きく開きながらゆっくりと腰を引いた。濃いサーモンピンクがグロテスクに隆起したペニスをぬるぬると飲み込んで行く様子を彼女に見せつける。ぐいと奥まで押し込むと、行き場を失った愛液がとぷりと溢れ出てクッションにまで滴った。
「こんなにトロトロになっちゃってるね」
 言いながらちらりと窺うと、彼女は荒い息を吐きながら目を見開いて硬直していた。本気で嫌がっていたらさすがにマズいと思ったけれど、どうやらそうでもないらしい。食い入るように見つめるその様子は、嫌悪よりも情欲が先立っているようだった。
「こんな……こんな……の……」
 自分が犯されるところを見ることも、そんな状況を想像することもなかったのだろう、うわごとのように言いながら彼女はひくんと上半身を震わせた。連動するように、内側がひくひくと痙攣を始める。視覚からの刺激に興奮が増したのか、胸元までが淡いピンクに染まっていた。
「すごいでしょ。やらしい?」
「ん、やらしい。やらしい、よぉ」
 熱に浮かされた子どものような舌足らずの言葉に背筋がぞくぞくする。
「これがセックスだよ。気持ちいいでしょ?」
 催眠術をかけるかのように囁きながら、ゆっくりと腰を前後させて穏やかな抽送を繰り返した。
「気持ちいい。シズくん、気持ちいいの……ん、あ、はぁ」
 視線はそこに釘付けのまま、彼女は物足りないピストンを補うかのように身をくねらせ腰を振った。今まで経験した中でも一二を争うほどに不器用なその腰遣いになぜかひどくそそられる。
 騎乗位の体位のせいか、重力に従うかのように面白いほど愛液があふれ出てくる。ペニスに絡んだ粘液がグチュグチュと音を立てながら糸を引き二人の結合部の周囲を濡らして行く様は、この手のシーンは見慣れているはずの俺でさえ、生つばを飲んでしまうほどの卑猥さだった。中途半端なアダルト動画なんて目じゃない。
「そう、そうやって腰振って」
 言いながら、動きやすいよう宙に浮いた彼女の足首を持ち上げ、自分のももの両脇に置いて固定した。次いで、ウェストの辺りを両手でつかんで動きを誘導してあげる。苦しそうに喘ぎながらも、彼女は互いの肌をぶつけるように、くいくいとスライドさせてくる。タイミングを併せて下から突き上げ、彼女と、そして自分を追い詰めて行く。
 先に降参したのは、いつもの通り彼女だった。
「やっ、あ、あ……はっ、シズ、くん……っ!」
「また、イきそう?」
 目を上げると、泣き出しそうなまなざしが俺に注がれていた。肩で息をしながら自分で腰を振る姿がたまらなく扇情的だ。
「ん、はぁっ、ん、も……イっちゃう……イっちゃう……っ!」
 さっきまで恥ずかしがっていたはずなのに、途切れ途切れのよがり声は素直に答えてくれる。彼女の、こういうところもいい。
「俺も、もう出そう」
 処女の締まりが残る壁に、更なる抽送を請うようにきゅっきゅと絡みつかれて、長く持つ男がそうそういるわけもない。パンパンに張り詰めたものが放出先を求めて体内をグルグルと駆け巡っているような気がする。
「出していい、んだよね。ナカに、出しちゃうよ?」
 情けないけれど限界だった。これ以上はどれほども持たないだろう。内圧に耐え切れなくなる。一刻も早くとの欲求に応えるべく、結合部へ手を伸ばしスリットのあいだから顔を覗かせていた肉の珠へ粘液を塗り付けた。彼女を指で攻め立てながら、必死で突き上げる。
「んっ、いいよ、いいの……ん、ああっ!」
 ひくんと、のどをそらせて彼女が硬直した。
「ん、ああっ! あっあっあ……っ!」
 立て続けの痙攣に堰が切れる。どくんと、こめかみが鳴る。
「美雪さん、あ、もう……出るっ」
 その瞬間、頭を丸ごと吹き飛ばされたような気がした。
 ひざが砕けそうな放出感に一瞬意識が遠くなる。自らの精液が彼女の胎内に注ぎ込まれるのを感覚で見る。彼女を汚しているのだという、間違った満足感と狂った悦楽。


 おそらく、俺は歪んでいるのだろう。
 どれほど飲んでも癒されない渇きのように彼女を求めてしまうのは、その奥に泥沼のように澱んだ感情があるから。決して認められない感情があるから。
 その後ろ暗い記憶は幼い頃の思い出に繋がっていた。やせ細った手で俺の頬を撫でてくれた人へ向けていた、恋慕の情にひどく似た、それは。
 ――あたまが、おかしくなりそう、だ。





「そんなもんじゃねーの?」
 あっさりそう言うと、オーナーは軽く肩をすくめた。
「ひよこも、一番最初に見たものにくっついて回るって言うしなァ、俺らも似たようなモンなんじゃねーの」
 言いながら彼は取り出したタバコを咥えた。左手に握ったままだったライターをタバコの先へ近づけて火を移すと、大きく一度吸い込んで火を定着させてから、あごを突き出すようにして軽く頭を下げてくれた。
「何をどう言い訳したって影響はゼロじゃないだろ、確実に」
 ふわーっと昇って行く煙をしばし見送ると、彼は俺にちらりと視線を向けた。
「世間でも言ってンだろ、男はみんなマザコンだって。できりゃ否定してーけど、事実っちゃ事実だしなァ」
「え、あ、いやそれは……確かに、そうなんですけど」
 彼の母親の、肝っ玉母ちゃんと言う表現が一番相応しいおばさんは、今も元気いっぱいらしい。だから、俺が彼女に抱く奇妙な罪悪感は、彼には伝わらないだろう。
 それでも、自分で壁を作っても意味はない。否定から初めても何も変わらない。必要なのは全肯定でも全否定でもなく、取捨選択を間違えないことだ。他人の言葉は新しい思考経路を作るきっかけになる。
「あいつだってなァ、うちの母親に似てるぜ」
「有理さんがですか?」
 訊き返すと、オーナーは頷きながら苦虫を噛み潰したように、眉をひそめて口をへの字に引き結んだ。
「ああ。特に、口うるさいところがそっくり――」
「あたしがなんだって?」
 背後から聞こえてきた鋭い声にぎくりと身体が固まる。
 慌てて振り返ると、いつのまにか大きく開いていたドアのすぐそばで、足の甲に大振りのビーズが絡みついたデザインのサンダルからすらりと伸びたきれいな脚を惜しげもなく見せた女性が、挑発的に腕を組んで俺たちを見おろしていた。
「有理さんっ」
「お、おまえ、いつからそこに……」
 動揺する俺たちをあごを突き出すようにじろりと睨みつけながら、有理さんはつかつかとオーナーに近づいた。鮮やかなブルーのシャツを着たごつい肩にあでやかな仕草で手を回しながら、わざとらしくにっこりと笑う。
「で、あたしがなんだって? もっぺん言ってみな」
「や、いや、だから……」
「だから、なに?」
 きわどいカッティングで胸元を強調するゴールドのキャミソールと、レースで作った羽根を貼り付けたかのような、どこがどうなっているのかわからないミニのスカート。華やかな巻き髪とそのあいだから覗く大きなピアス、首から胸へと巻きついた派手なネックレスは、夜に相応しいゴージャスさだった。どうして、この人とあの美雪さんが親友なんだろう。
 そんなことを一瞬考えかけ、それはともかく、有理さんの目がオーナーにだけ向いている今がチャンスだと悟る。この機を逃せばどんなとばっちりが跳んでくるかわからない。俺が彼に相談を持ちかけたことがこのイザコザの遠因なのは確かだから、申し訳ないとは思うけれど、義理で立ち向かうには相手が悪すぎる。ここは三十六計より確実に。
「じゃ、俺はカウンタに戻ります」
 まだ半分も減っていないタバコを灰皿にねじ込むと立ち上がる。
「こ、こら、シズっ! この薄情者っ!」
「すみません、オーナー!」
 有理さんに首根っこを押さえられたオーナーから目をそらすと、事務所を飛び出した。



 多分、オーナーの言葉は正しいのだろう。
 廊下を歩きながら思わず溜息をついた。
 もしかしたら俺たちは、幼い頃からの記憶にくさびのように打ち込まれた意識に従って、母親に似た人を探しているのかもしれない。産まれながらにかけられた呪縛のようだと思わなくもないけれど、でもそれが美雪さんと出会えるきっかけだったのなら、ありがたいくらいだ。呪われるのも縛られるのも、彼女が相手なら悪くない。
「つまり、美雪さんが好きなだけ、か」
 ふいに感じる空気は怖くなるくらい似ているときもあるけれど、でも違う。あれはきっと、女性特有の優しい雰囲気が共通するのだろう。
 俺は親父とは違う。何があっても好きな女をあんな目に遭わせたりしない。
「絶対、幸せにするんだ」
 口の中で小さく呟いて、そしてフロアへと続くドアを開けた。

 -おわり-
2007/07/02
 おまけのあとがき

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