マスカレイド-3

「――ちっくしょー」
 うめくように言いながら、藤元先生はバッグのジッパーを外した。開いたジッパーの隙間から似たような色の中身が見える。何が入ってるんだろう。膜を剥がすように引っ張り出す手元に、自分の置かれた状況を忘れて身を乗り出しそうになる。
「芝口は、武志のことが好きなのか?」
「え、あっ、やっ!」
 耳元に低く囁かれた言葉の意味を理解するよりも先に、佐上先生の手がブラウスの隙間から抱き寄せるようにするりと入り込んできた。あっと思う暇もなく、ブラのホックが外されてしまう。
「俺から目をそらして他の男ばかり見ているから、こういうことになる」
 キレイな切れ長の目が間近でゆっくり細められたけど、意味がわからない。
「どういうこと、ですか?」
「自分で考えろ」
 先生が短く言い捨てると同時に、肩から落ちていたブラウスがぎゅっと背中側に引っ張られた。脱がされると思ったけれど、なぜか先生はブラウスを抜き取らなかった。手首で引っかかったブラウスでそのままぎゅっと縛ったのがわかった。
「せん、せぇ……」
「これでもう抵抗できないな」
 先生の言う通りだった。手首を縛られただけで上半身がまったく動かせなくなる。先生がこんなことをするなんて知らなかった。想像したこともなかった。ひっそり先生に憧れていたけど、抱きしめて欲しいと思ったことも何度もあったけど、それでもこんな一方的なのってやっぱり犯罪だと思う。
「このまま、おとなしく先生に犯されてしまいなさい」
 なのに、なんでそんな目をするの?
「こんなときに教師気取ってんじゃねえよ」
 何をしているのか、向こうのほうでバサバサガタガタシューシューと賑やかな音を立てながら、藤元先生が吐き捨てた。ちらりと肩越しに視線を流すと、佐上先生は軽く左の眉を吊り上げた。
「このほうが背徳感があって楽しいだろう?」
「そんな雰囲気出さなくても、この状況は充分だよ。もっと罪悪感持てってんだ」
 佐上先生の腕のあいだから覗く大きな背中と、その向こうに広がる黒っぽい波。それがうねうねと揺れながら少しずつ膨らんでいるように見える。あれがなんだかわからない音の正体?
「ほら、また武志を見る」
 ぼそりと呟くような声に顔を上げると、少し眉をひそめたまなざしがじっとあたしを見ていた。
 透き通るような視線の先にあたしがいる。先生はあたしを、あたしだけを見ている。
「そんなに武志が気になる? 今こんなことをしている俺より?」
 長いまつげを伏せるようにゆっくりまばたきをして、そして先生は小さな溜息をついた。ふっと息を吐きだす唇の端がちょっとゆがんでいて、でもとてもキレイで。
 それに比べてあたしときたら、髪はぼさぼさで汗まみれで、手は後ろでブラウスに縛られてて、ブラはかろうじて肩から引っかかっているだけ。しかも、その胸も平均に比べても随分と小さい。
 ――こんな恥ずかしい格好のあたしを、先生が……。
 そう思った瞬間、かっと頬に血が上った。まともに先生を見返すことができなくて、逃げるように顔をそむけた。
「武志のほうがいい?」
 どこか苛立ったような口調で耳元に囁きかけながら、先生は剥き出しになってしまっている左胸の先端を、人差し指と中指で挟むようにつかんだ。そのままじわじわと力を加えていく。
「や、ちが……っ! せんせ、やめてっ」
 痛みのあまり身をよじっても、両手を強く後ろに引っ張られたまま縛られてるせいで、胸を突き出すような体勢から変えられない。逃げられない。
「先生、お願いやめてっ、痛いっ!」
 握り潰されそうな強さと恐怖に息が詰まった。視界がじわっと揺れて急激に涙が浮いてくる。
「これは罰だよ、芝口。悪いコにはお仕置きだ」
 少し怒ったような声でそう言って、けれど先生はちょっとだけ力を緩めてくれた。ぐにぐにと指先でよじるようにしながら、もう片方の手であたしのあご先をつかんでぐいと上を向かせる。先生の顔を見ようとまばたきしたとき、目の端から涙がこぼれた。
「わかったな?」
「はい、ごめんなさい。ごめんなさい……」
 先生の言葉の意味もわからないまま、あたしは冷たいまなざしで必死に謝った。
 先生が怒っている。その事実が何より怖かった。こんなひどいことをされていると言うのに、先生に嫌われたんじゃないかと思うだけでぼろぼろと涙が落ちてくる。
 先生はそんなあたしの様子を観察するようにじっと見て、それからゆっくり頷いた。
「わかればよろしい」
 言いながら、ようやく先生は手を放してくれた。指先で押さえつけられていた乳首がみるみる赤く腫れ上がっていく。
「覚えておくように。素直が一番だよ」
 そう言うと、先生はふいと顔を寄せてきた。
 先生はもう怒ってない。キスしてくれる。そう思うと嬉しくてそのまま目を閉じた。
 でも、先生の唇が触れたのは目元だった。まぶたの上下をなぞるように、すうっと唇が当たる。まつげごと含むように涙をちゅっと強く吸い上げる。先生の熱い舌の感触にものすごくドキドキする。
「芝口は化粧してないからキスしやすくていいな」
「え……、だって……」
 あたしがお化粧をしていないのは、朝寝坊のくせが治らなくてそんな時間がないのと、子どもの頃から汗っかきで、ファンデーションを塗ってもすぐにドロドロになっちゃうからで、どちらかというと褒められることでもないんだけど。それでも何回か努力したことはあったけど、でも今っぽいエロカッコいいメイクは、たぬきに似ていると言われるあたしには全然似合わなかった。
 もっとおとなっぽい顔に産まれたかったな。そしたらきっと、流行りの巻き髪も似合ったのに。そう思うと哀しい。
 けれど先生は、真面目な顔のままあたしの言葉に頷いた。
「おまえたちは肌がきれいなんだから、化粧なんてする必要はないだろう?」
 言いながら先生は顔を伏せるようにしてあたしの胸に頬を寄せた。じんじんと痛みを訴える乳首に舌を伸ばして、ちろちろと下から舐め上げる。
「あっ? あ、や……あっ」
 さっきまで苦痛を受けていたそこは、驚くほど敏感になっていた。
 ざらりと舐められるだけで全身が震える。ちゅっと吸い付くように口に含んで突付くように舌でこねられると、耐え切れない声が出てしまう。歯を当てて軽く噛まれるとひくんと震える。優しく舌先を擦り付けるように舐められて――。
「んっ、ん、ん……あ、はっ」
 あたし、どうしよう。こんな、こんなの……。
「どうした、芝口。いやらしい声出して」
 あたしの胸と先生の舌が細く伸びる唾液で繋がっていた。赤くぷくりと腫れた乳首周辺がぬらぬらと光ってるのが見える。目をそらしたくなるほどいやらしい光景に、逆にまばたきもできない。
「そんな声を出すほど気持ちいいか?」
「や、せんせ……」
 ホントのえっちはまだ未経験だけど、どんなことをするのかくらい知ってるし、友だちから借りた本を見ながらその真似みたいにひとりえっちをしたこともある。だからあそこが気持ちいいのはわかっていたけど、でもあたしは胸は全然感じなくて、だからどこがいいんだろうって思っていた。
 指先で軽くひねられると、背筋に電流が走る。優しく舐められると胸全体が張り詰めてくる。今まで知らなかった甘い感覚に意識が蕩けていく。自分でさわるのと人にさわられるのとでこんなに違うなんて、知らなかった。
「さっきも言っただろう? 気持ちいいなら、素直にそう言う」
「はい。気持ちいい……です」
 こんなことをしているのに、授業中みたいな口調で先生があたしをじっと見上げてくる。はぁはぁと口で息をしながら頷くと先生はくすりと笑った。
「素直になったな。いいコだ、芝口」
 嬉しそうにそう言ってくれるのを見ると、あたしも嬉しくなる。
「いいコにはご褒美をあげないとな」
 優しく細まった先生の目が近付いてくる。軽く重ねられた唇の隙間から舌がぬるりと入り込んでくる。くちゅくちゅと、奇妙なくらい生々しい音を立てて先生の舌があたしの口の中を這い回った。
「ん、んん……っ」
 後ろ手に縛られたままの初めての深いキスにうめくあたしを押さえつけて、先生はさらに覆い被さってきた。キスを続けたままの先生の手がスカートの上からあたしの脚を撫でた。そのままひざの辺りからゆっくりスカートの中に滑り込んで、そろそろと上がってくる。いったん一番上まで行ってショーツ全体をなでてから、ひざまで戻って、そしてまたふとももまで上がっていく。ショーツの上からスリスリと優しく撫でられてビクンと震えてしまう。
「ここも気持ちいいか?」
 素直に言えば先生が喜んでくれる。褒めてくれる。もしかしたら、もっとご褒美をくれるかも……。
「はい。気持ちいいです」
 先生の手がさわった場所が熱くなる。指先で辿られるたび、びりびりと身体の奥が痺れてくるのがわかる。もっともっと。早く、もっと。そう言っているのがわかる。
「そうか。もっと気持ちよくしてやるからな」
 まるであたしの心の声が聞こえたように頷くと、先生は肩越しに背後を振り返った。
「武志、用意は?」
「今できた」
 藤元先生の声がぶっきらぼうに返ってきた。
「よし。じゃあそっちで本格的に始めるか」
 満足そうに頷くと、佐上先生はあたしをぐいと引っ張った。テーブルに軽く腰をかけていた体勢から起こされたあたしの目の前には、真四角の黒い空間が床に広がっていた。
「え、これ……?」
 それは通販雑誌かなんかで見たことのある、空気で膨らませるタイプのベッドだった。あたしの部屋のベッドよりかなり大きい。ちょっと詰めれば三人くらい寝られそう。
「さぁ、芝口」
 さっきのしゅーって音はこれを膨らませてる音だったんだ。なんとなくそう納得しながら、先生の手に導かれてその上に横たわった。と言っても、手が使えないからイモムシのように転がるだけ。見えない場所で上履きが脱がされ、スカートのホックが外される。
 思っていたよりふわふわしたやわらかな感触がなぜか嬉しい。それがとても不思議。今のあたしはそれどころじゃないのに。学校で先生に、こんなことされてるのに。そう思ってもどうしてなのか危機感は沸いてこない。するすると脚を滑って行くスカートを感じながら平然としている自分におかしくなる。
「かわいいパンツ履いてるんだな」
 スカートが抜かれて丸出しになったショーツが大きな手でさわりとなでられた。
 こないだ通販カタログで見つけて買ったブラとお揃いの白いコットンのショーツは、お尻のところはラインが出にくいように型抜きのレースになっていて、両サイドには端っこだけが薄いピンクに染まった小さなリボンがついている。どちらかと言うと子どもっぽいデザインだけど、履き心地がいいから好き。可愛いって表現はセクシーじゃないって意味になっちゃうのかもしれないけど、それでも褒められると嬉しい。
「ここも可愛いな」
「えっ、あっ……やんっ」
 お尻からすうっと辿って降りてきた指先に強く突付かれて思わず身をよじったとき、閉じようとした脚がベッドに押し付けられた。ひざ裏をすごい力で押さえる手のひらは、ざらりと分厚くて指も太い。
「え、あ……ふじもと、せんせ……?」
 後ろ手に縛られたまま首をねじって背後を振り返ると、そこには藤元先生があぐらをかいて座り込んでいた。あたしと目が合うと、にやりと笑った。
 日焼けした肌からまぶしいくらいに白い歯がこぼれる、それはいつもの先生の笑顔だったけど、でも。

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