マスカレイド-4

「せんせ、なに、を……」
 藤元先生は戸惑うあたしを笑みを浮かべたまま見つめてくる。先生のその行動をどう判断していいのかがわからない。けれど、戸惑っているのはあたしだけだった。
「おまえも参加するか?」
 佐上先生のその言葉の意味がわからなかったのもあたしだけみたいだった。
「とりあえずは見てるだけでいいさ。いきなりで3Pは芝口が可哀相だろ。どう見てもあんまり経験なさそうだし」
 佐上先生のとんでもない提案に更にとんでもない言葉で応える表情からは、さっきまでの不機嫌そうな様子はすっかり消えていた。声もなく見つめるあたしにくすっと笑いながら、空いている左手がいやらしい手つきでつうっと足首からふくらはぎまでを撫でる。思わずびくんと震えたあたしに、藤元先生は明るく声を上げて笑った。笑みの形に細められた目は冗談には見えなかった。本気っぽかった。
「子どもみたいな顔して、意外と感度はよさそうだぜ」 
「お、開き直ったな」
 からかうような佐上先生の言葉に、藤元先生が『まあな』と軽い溜息をついた。すくめられた小山のような肩ときゅっと歪んだ唇の端には、渋々っぽい雰囲気もちょっとだけあったけど、でも、その目は。
「ちっくしょー、巻き込まれちまったなァとは思うけどさ、こうなっちまったもんは今さら何を言っても仕方ねぇやな。最初に止められなかったのは俺にも責任あるし」
 いつだったか誰かが『藤元ちゃんってさ、笑うと左の頬っぺたにえくぼが出るときがあんのよ。ゴツい身体してあれって意外で可愛いよね』って言ってたなあ、確かにこれは可愛いかも、なんて、そんなことを考えるあたしもかなりおかしい。
「まあ、それなりに、楽しませてもらうぜ」
 それは多分、先生の仮面をかぶっていた藤元武志って男の人の素顔だと思う。
 佐上先生と同じように、藤元先生もあたしたち向けの教師の仮面を持ってて、あたしはバカ正直に仮面が本当の顔だと信じこんでて。男の人だと言うことを忘れてて。
 ううん、先生はどこまで行っても『先生』で男じゃないと侮っていたのかも。思いっきり油断してたのかも。だから、こんなに簡単に不意を突かれて、こんなに簡単に襲われて……?
「じゃあ見物代だ。あれ貸せよ」
「あれって、クスリ? 手枷?」
「どっちもだ。このままだと服がクシャクシャで着られなくなるだろ?」
「もう充分って気もするけどな」
 よっと、なんて言いながら藤元先生は黒い鞄に手を伸ばした。外についた大きなポケットから、赤い大きな二つの筒がくっついたものを取り出す。それとほぼ同時に、あたしの手首を縛ったブラウスを佐上先生の手が解いて行く。強い手に抱き起こされて、ひざを立てて座らされた。あっと思う暇もなくブラが簡単に抜き取られる。これで身に着けているのはショーツと靴下だけになってしまった。
 目の前には、憧れていた佐上先生と、毎日のホームルームで見慣れた藤元先生が並んでいる。恥ずかしい格好のあたしを見ている。思わず痺れかけた両手のひらで肌を覆うと、二人はちらりと顔を見合わせた。
「前? 後ろ?」
「とりあえずは前でいいだろ」
 佐上先生に指を舐められたとき、これ以上びっくりすることなんて世の中にそうそうないだろうなって考えたのは、あたしの早とちりだった。嵐のような大波に放り込まれた今のあたしは、次から次へと襲ってくる大津波に何に驚けばいいのかもわからない。けれどそんなあたしに構うことなく、先生たちはあれこれと話しながら手にした赤い筒をバリっと割って開けた。
「おまえ、ホント縛るの好きな」
「こんなものを持ってるおまえに言われたくない」
「あ、じゃあおまえは何使ってンの?」
「別に、特別なものとかはないな」
 手枷と言うのは、大きなマジックテープで開け閉めする作りになっているみたいで、その力の入れ具合からすると、普通のテープよりも接着力が強いような感じ。そりゃあこういう状況で使うんだから簡単に外れちゃうようなものだと困るよね。
「さあ、芝口」
 優しい佐上先生の笑顔に促されておずおずと両腕を身体の前に回すと、両方から伸びてきた手にがちりと捉まれた。佐上先生のきれいな指が右手首に赤い筒の片方を、藤元先生の太い指がもう片方を左に嵌める。
「細い手首だな。本当に悪いことしてるって気がする」
「充分してるよ。自覚しろよ、この犯罪者」
 呆れたような藤元先生の声にくすくす笑いながら、佐上先生は筒の両脇についた細いベルトをきゅっと引っ張った。あたしの手首の太さにまで締め付けて、すっぽり抜けてしまうなんてことがないようにしてるんだと思う。
「そうか、犯罪者か」
「バレりゃ完璧な」
 筒の真ん中辺りから下がった三センチくらいの短い鎖の先端はフックになっていた。ちゃらりと涼しげな音を立てて両側を噛み合わせると、手枷という少し昔ふうの表現がぴったりくるような見た目になる。佐上先生が慎重な手つきで手首を締め付けるベルトに小さな南京錠を、鎖の繋ぎ目には藤元先生が慣れた様子で大きな南京錠を掛けて、これでどうやらできあがりらしい。
「そのときは武志も同罪だろ」
「残念なことに、そうなる」
 なんでこれって赤いんだろう。なんでこんなにてかてか光ってるんだろう。汗かいてるせいもあって肌にぺったりくっつく感じがして、そういう意味ではイマイチだけど、痛くも何ともないから、縛られてるって気がしない。それより佐上先生の楽しそうな明るい笑顔に、先生もこんな顔するんだなぁって、そっちのほうが気になってしまう。
「痛くないか?」
「あ、はい。大丈夫です」
 頷くと、佐上先生はさらさらの前髪をきれいな指で掻き上げてくすっと笑った。その横で藤元先生が大きな溜息をつく。二人の反応の違いに目をパチパチさせながら交互に見返すと、『まったく』と藤元先生が大きな肩を落とした。
「あのな、芝口」
「はい?」
 片ひざをベッドについてあたしを見おろす先生のその顔は、さっきまでの楽しそうな感じとちょっと違った。なんていうか、授業中の先生っぽいカンジ。
「おまえは襲われてるんだから、もっとこう、暴れたりとかしていいんだぞ。そんなカッコでおとなしく縛られたりするから――」
 真面目な口調でそこまで言うといったん言葉を切って、そして横目でちらりと佐上先生を見た。藤元先生の視線に気付いた佐上先生が左眼を細めるみたいにふっと笑う。
「そういう雰囲気を嗅ぎつけて、こういう変態が出てくる」
「変態とは失礼だな。じゃあ、拘束しながらおっ勃たててるおまえはどうなんだ?」
「う、うるせーっ! このロリコン!」
 なんか……漫才見てるみたい。
 のんきに笑ってる場合じゃないことはわかってるんだけど、でもおかしくて。
「ほら、芝口」
「きゃっ!」
 クスクス笑っていると、視界の端からひょいと伸びてきた佐上先生の手が鎖をつかんできゅっと引っ張った。しゃらりと鳴る音と同時に身体ごとぐいとそっちに引っ張られてバランスを崩してしまう。倒れ込んだ先には藤元先生がいて、ええとその……男の人のあの部分にさわってしまった。
「う、く……」
 藤元先生の低くうめくような声を聞いたのと、手のひらの下に当たったそれがびくんと跳ねたのは、ほとんど同時だっだと思う。藤元先生はいつものだぼっとしたジャージを着ていたから見た目では全然わからなかったけど、でもそこにはびっくりするくらいごりっとした感触があった。それが何かとか、どうしてそんなふうになっているのかとか、いくら経験がなくてもわかる。
「あ……」
 思わず顔を上げると、藤元先生はきゅっと眉をひそめていた。薄く開いた唇の隙間からちろりと覗いた赤い舌にどきっとしてしまう。あごにぽつぽつと残った剃り残しのひげがなんだかすごく色っぽい。あたしが憧れていたのは佐上先生だけど、でも藤元先生もいいなって思っていたのも事実で、だから、その……。
「きゃあぁっ!」
 いつのまにか背後に回っていた佐上先生の手がぐいとあたしの腰を押し上げた。藤元先生のそこを両手でさわったまま、四つん這いでひざ立ちさせられてしまう。
「やっ、佐上せんせ……あ、んんっ」
 佐上先生の手がショーツの上からそこを押さえて、くにくにと左右に動かした。全身に響くような衝撃にひくんひくんと腰が揺れる。布地の隙間からするりと入り込んできた指が直接ぬるりとさわった。
「やっ、やだ、ぁ……」
「もうだいぶ濡れてるが、まあいいか。武志、クスリ」
「まったくおまえは……ほいよ」
 クスリって何だろう。さすがに、すごく危ないものとかじゃないと思うけど……なんて考える暇もなく、あたしのあそこに何かがぴちゃっとかけられた。
「やっ、な、なに……?」
 思わず振り返ろうとしたけれど、それより先に藤元先生の手が肩を抱くみたいに回ってきて動けなくなった。
「や、せんせ、なにを――」
「気持ちよくなるだけだ。心配するな」
 にっと笑うと藤元先生はあたしの手の甲に自分の手のひらを被せた。そのまま先生が力を入れると、あたしはその……先生のを握ってしまう。指を回すようにしてぎゅっと握らされたまま顔を上げると、藤元先生はちょっとだけ笑いながらあたしのほっぺたに唇を押し付けるようにしてキスをした。その息が少しだけ早い。
「怖がらなくていいぞ。すぐに効いてくるからな」
「え、で、でもぉ……あ、あんんっ」
 先生の舌が耳たぶをちゅっと吸った。ふっと息を吹きかけられて舌先でくすぐられる。腰の辺りから首まで背すじをぞわぞわが這い上がってきて、身体の力が抜けてしまう。
「ん、んんっ!」
 そのとき、クスリをかけたっきり何もしてなかった佐上先生が、いきなりショーツの上からそこをさわった。ちょっとざらざらした布越しに指をこすりつけてくる。
「や、あ……っ」
 びくんと震えた瞬間、藤元先生の手がゆっくり動き始めた。自分では何もしなくても、ゴツい手にくるまれたあたしの手はムリヤリ動かされてしまう。佐上先生にあそこをさわられながらジャージの布越しにゴツゴツしたのを握っていると、ときどき先生のそれがびくっと動くのがわかる。そしてそのとき、藤元先生は一瞬だけ息を止める。
「あ、せんせ……?」
「ん、ああ」
 あたしと目が合うと、藤元先生は優しい顔で唇を緩めるみたいに笑った。あたしの手の上からかぶってムリヤリ握らせていた大きな手のひらが離れて、あごに指先がかかった。そのまま首が折れそうな角度で真上を向かされる。そおっと触れるだけみたいなキスを二回してから、ゆっくり先生の舌が入り込んでくる。
「ん、んん……っ!」
 ざらりと当たった舌先から苦い味がする。多分タバコだと思う。さっき、ゴミ捨てに行ったときに吸ってたのかもしれない。
 学校内は全面禁煙だから、隠れるようにして校庭の隅で何人か集まった先生たちがタバコを吸っているのを見たことがある。その中に藤元先生が混じっていたのも覚えている。あたしが見てるのに気付いた藤元先生が照れたように笑って、先生というより生徒みたいだなぁ、なんて思って……。
「やっ、あ、んんんっ!」
 そんなことをのんびり考えていると、ゆっくりとただ上下になぞっていただけの佐上先生の指があたしの一番感じる場所――クリちゃんをつんと軽く突付いた。

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