マスカレイド 第二部
あいするいみは-11

「せんせ……」
「あぁ、どうした?」
 先生につかまれた右手はそのままに、左手でごしごしと顔を拭いてから顔を上げる。目が合うと、真っ黒い眉をひそめて、でも笑ってくれた。笑いかけてくれる。あたしのこと、気にしてくれる。
 ――あたしなんかに優しくしても、なんもいいことないけど。だけど。
「ね、せんせ。キス、して?」
「んー」
 唸るように頷くと、先生は困った顔のままテーブルにひじをついた。背中を丸めてかがみこんだ先生の目が近づいてくる。目を閉じてふっと息を止めて待ったキスは、でもほんの一瞬当たっただけだった。ざらっとした舌の感触も苦いタバコの味もなんにもない、軽い軽いキス。多分先生はあたしに気を使って、そういうキスをしてくれたんだと思うけど、でも。
「ね、もっと」
 離れそうになったおっきな手を両手でつかんで、そして胸元まで引き寄せた。指の間に入り込んでくる、先生のごつごつした太い指。それをぎゅうっと握りしめる。
「春奈……?」
 優しい声が降ってくる。疑問符を浮かべた目があたしを見る。言わないとわかってくれないのかな。言わなくてもわかって欲しいのに。それくらい、わかってくれてもいいと思うのに。
「せんせ、おねがい……」
 こんなのイヤ。こんなキスじゃイヤ。もっと、もっと。
「いや、その。だっておまえ、ここ、おまえンちだろ」
 びっくりしたのか、ちょっとひっくり返った声でそんなこと言いながら先生はあたしの手を外そうとしたけど、でも慌てているせいか力も入らないみたいで、あたしの指のあいだから逃げ出せない。まぁ放してあげるつもりなんか、最初っから全然ないけど。
「だから何よ? 今まであたしに、いっぱいいろんなことしたくせにっ」
「い、いやっ、それはその……」
 口をもごもごさせて反論しようとして、でも言葉は続かないみたい。確かにな、なんてつぶやいてうつむくのを見ると、ちょっと可哀想な気がしてくる。あたしとこういう関係になっちゃったこと、ホントに後悔してるんだろうな。手を出さなきゃよかったって思ってるんだろうな。そう考えると、胸がちくちく痛むけど。
「だったらいーじゃない。別にここでも、どこでも」
 あたしは逃げてる。逃げようとしている。現実から。自分から。あたしを拒絶できない先生を脅して、構ってもらって、そして今だけ満足して。どんなにもがいても、独りの夜は絶対に来るのに。
「ね、えっちしよ」
 でも、逃げたっていいじゃん。ちょっとくらい先生に迷惑かけたって、先生を巻き込んだって、いいじゃん。
 先生は甘えさせてくれる。嘘だけど、嘘でも優しくしてくれる。それは責任とか義理とか罪悪感とか、そんなことかもしれないけど。あたしのこと好きじゃないんだろうとは思うけど。それでもいいから、あたしを見て。優しくして。可愛がって。抱きしめて。
「ね、せんせ」
「あぁ」
 あたしの目から逃げるようにうつむいたまま、先生は小さく頷いた。先生はあたしを無視しない。拒否しない。できないって勝手に思い込んじゃってるから、しない。
「そうだな……。じゃあ、するか!」
 肩を揺らして大きく息を吐き出してから顔を上げて、先生は唇の端をゆがめるように笑った。その瞬間、クラス担の藤元先生の中の『藤元武志』って男の人の顔が覗くのが見えた……ような、気がした。
「ホントに、誰も帰ってこねーよな?」
「ん。それは大丈夫」
 今朝帰ったばっかりのママが帰ってくるわけはないし、パパが帰ってくるのはいつも日付が変わってから。でもそれを言うと、先生は音がしそうなほどぎゅっと眉をひそめた。それは『先生』の顔だった。さっきあたしがついた嘘に気付いちゃったのかもって一瞬ヒヤッとしたけど、でもそれならそれでいいや。別に先生にバレちゃってもいいや。傷つくのはあたしじゃないし。
「ね、しよぉ?」
「よしよし」
 さっきまではなんだったのって思うくらい軽く頷くと、先生は肩に腕を回してきた。ぎゅっと抱きしめてちゅっと軽くキスをして、そして一気に立ち上がった。肩とひざに手を回して抱き上げられたこの体勢は、女の子あこがれの、お姫さまだっこ。
「きゃーっっ」
 高ーいっこわーい、なんてふざけながら、目の前の太い首に腕を回してぎゅっと抱きついた。あたしの悲鳴に先生が声を上げて笑う。わざと上下に揺らしてソファーに向かって、そしてあたしを抱き上げたままどさりと腰を下ろした。
「春奈」
「ん、せんせ……」
 一瞬でまじめな顔になった先生が近づいてくる。そっとふれるだけのキス。それが徐々に深くなって、舌が侵入してくる。ちょんと突付いても、ご飯を食べたところだったからか、いつもの苦いタバコの味はしない。
「んっ、ん……んんっ」
 肩を抱いていた手がするんと背中に落ちた。抱き寄せるように回ってきた腕がキャミソールワンピの上から左胸をさわる。軽く押さえるようにしながら太い指先でくりくりされると、すぐに気持ちよくなってしまう。
「あ、……ふ、ぅっ」
「やっぱノーブラか」
 唇を離すと含み笑いをしながら先生は指で意地悪を続けた。ちょっと強めにつまんで指先で優しくねじる。全体を優しくもみながら手のひらを擦り付ける。それを何度か繰り返されると、薄いワンピ越しに乳首の位置がはっきり浮いて出るくらい、コリコリになってしまう。波のように伝わる感覚に、さわられてない右の胸までジンジンする。
「あ、せんせぇ……」
 伸びてきた手が胸の真ん中で結ばれたリボンの端っこを持って引っ張った。たっぷりの布地を使ったふんわりしたシルエットのキャミワンピは、リボンで胸を寄せてフリルを作ってってデザインのワンピだから、ほどくと胸が大きく開いちゃう。
「きゃぁっ、えっち!」
「そうだよ、エッチするんだよ。さっきそう言っただろ」
 わざとらしくニヤっと悪そうに笑いながら、先生はほどいたリボンをきゅうっと引っ張った。そうすると布にギャザーが寄って、胸元が閉まる。
「へぇ、こういうふうになってんのか」
 女の服はよくわかんねぇな、なんてつぶやきながら、先生は布を引っ張るようにして大きく広げて、両方の肩を剥き出しにした。
「ふーん。これ、結構いいな」
 くすっと笑うと、先生はのどに食いつくようなキスをした。軽く食い込む歯にドキっとする。身体をずらすように徐々に下がりながら、鎖骨から胸までを熱い舌がぬるりと這う。ちゅっと音を立てて乳首を吸い上げられて、背中に電気が走った。
「あっ、はぁ……っ……んっ」
 左の胸を舌に、右を指先にいじめられて、ショーツの奥がひくんと揺れる。ピクピクしてるのがわかる。
 ――あ、どうしよう……。
 胸はとっても気持ちいいけど、でもそれだけじゃ足りなくなる。目がくらむほどの強い刺激が欲しくなる。先生の太い指を入れて欲しい。一番気持ちいいところを掻き回して欲しい。やだ、どうしよう、もう濡れてきちゃった……。
「あ、ん、せんせぇ……」
「そうか。こっちも、か?」
 さすがに先生はその辺すぐにわかったみたいで、にぃっと笑いながら器用に体勢を入れ替えた。あたしをソファーに押し倒して、唾液をなすりつけるように胸全体を舐めながら右手をすぅっと下げる。ひざのあたりから内側にもぐりこんだ大きな手のひらが、太ももを撫でながらじわじわと上がっていく。
「あっ、あ……んんっ」
「なんだ、もう濡れてんじゃねーか」
 軽く押さえられるとショーツが張り付く。あきれたような口振りで言いながらも、その指先は休みなく震えるように細かくいやらしく動く。ぬるぬるとショーツをこすり付けながら先生は低く笑った。
「この中はどうなってんだ? 確かめてやろうな」
「や、だっ、あ、ぁ……っ」
 思わず抑えようとしたあたしの手を押さえて、そのまま両手を鷲づかみにしてソファーに押し付けてから、太い指がショーツの脇からゆっくりと入り込んできた。ショーツの内側で動く先生の指が軽く入り込んで、中からとろっとあふれたのがわかった。
「思った以上だ。ドロドロだぞ、おまえ」
 楽しそうに笑いながらゆっくりと差し込んでくる。先生が指を抜き差しするたび、ぐちゅぐちゅ音がする。押さえつけられて抵抗できない体勢で好きにされて、あたしの中がピクピクした。
「はっ、あ、んん……っ、あ、やぁっ!」
「ちょっとやんにくいな、これ」
 ちっと小さく舌打ちをすると、先生はあたしの中からぬるんと指を引き抜いた。そのまま身体を起こして、あたしから離れてしまう。
「せんせ、ぇ……?」
 そっと目を向けると、先生はTシャツのすそに手をかけていた。そのまま一気にがばっと脱ぐ。カーゴパンツのウェストの上に浮いた腰骨がめちゃめちゃセクシー。ベランダから差し込む光に影ができる鎖骨と太い首。胸から二の腕の筋肉に見とれてしまう。
 佐上先生は細身だから、筋肉あんまりついてないのよね。そんなことを考えかけて、でもがんばって頭から振り払う。
 ――今は、藤元先生だけ見るの。
「これで、いいか」
 頭に引っかかったTシャツをふるんと大きく首を振って引き抜いてから、先生はねじるようにTシャツを引っ張った。伸びてきた腕があたしの手首をつかむ。有無を言わさない強い力にびくんと震えてしまう。
「おまえ、縛られたほうがイイんだろ?」
 全部わかってるんだぞって顔で先生が笑う。ひも状になったTシャツをあたしの手首に巻きつけて端を固く結んだ。ちょっと交差するように縛られたからか、微妙にひねるような腕の状態になって動きにくい。えっちのときに縛られるのは慣れてるけど、でも先生はこういうのじゃなくってそれ専用の手錠とか使うことが多かったから、今日はないものだと思ってて。だからかな、すごくびっくりしてドキドキして、なんかものすごく……感じてきちゃう。
「そんで、こう!」
「きゃあっ!」
 力任せにぐいと抱き上げられて、両手を頭の上に上げたままソファーに大きくもたれて座っているような体勢にされる。手首のTシャツの余った部分が背中の下敷きになってしまってて、だからホントに身動きできない。
「やっ、せんせ、これ……ちょっとぉっ」
 イヤじゃないけど。ホントはイヤじゃないんだけど、でも。
「ふんっ」
 思ったとおり、先生はあたしの抗議を鼻で笑った。抵抗できないあたしをおもしろそうに見つめながら、ワンピのすそをウェストまでめくった。
「やっ、やぁっ!」
 足をぺたりとソファーに上げられて、ガニ股で座らされる。ひざを押し上げられると腰が浮く。撫でるようにお尻に回った手がショーツに指をかけて、慣れた手つきですうっと抜き取った。反射的に閉じようとしたひざは先生の手に押さえつけられる。
「やっせんせぇっ、恥ずかしい……!」
「これくらい気にすんな。今からもっと恥ずかしいことするんだからよ」
 意味の通じない言葉を吐き捨てると、先生はすうっと指を当てた。ぬるぬると擦り付けながら自分の指を……ううん、あたしのそこを、見る。
「や、せんせぇ」
 くちゅ、くちゅ、と響く音がとっても恥ずかしいのに、気持ちいい。乳首をつままれると身体がきゅうんとする。気持ちよくて、でも苦しい。もっとして欲しい。もっともっと……!
「あっ、あ、あ、ぁ……っ!」
「すっげーぞ、おまえ。どろどろンなって糸引いて、ピクピクして……」
 ひくひく喘ぐあたしなんてお構いなしに、先生は自分の好きなタイミングで指を出し入れする。何の抵抗もなく、まるで飲み込むみたいにつるんと先生の指が奥まで入り込んでくる。細かく指を前後に抜き差ししながら、先生はあたしのそこから目を離さない。
 先生の目の前にあたしのそこがある。先生が指を入れられているあたしを見てる。先生が……。
「あ、せん、せ……っ! あ、ああぁ……っ!」
 びくんと身体が跳ねる。あたしをじっと見る先生ののどがごくりと動いた。溜息のように大きく息を吐き出すと先生は覆いかぶさってきた。唾液をなすりつけるように耳たぶに舌を這わせて、ちゅぱちゅぱと音を立てて首すじにキスをしてくる。
「つくづく、やらしい身体だよな。こんなに、びちょびちょにしてよ!」
「あっ、ああっ!」
 二本に増えた指が奥まで勢いよく突き込まれた。きゅうっとそこが先生の指を締め付ける。思ったとおり願ったとおり、ぐちゅぐちゅと音を立てて掻き回されて、閉じたまぶたの裏がチカチカした。
「せ、せんせっ……イっちゃう、よぉ……」
「いいぜ。イけよ、オラっ!」
 ふっと小さく笑うと、指でぐいぐい突き上げながら、もう片方の手でクリちゃんを撫でた。
「あっ! ああっ! あ、あ、あぁ……っ!」
 荒っぽい言葉とはうらはらに、優しく丁寧な指先に円を描かれて、意識にぴしっとヒビが入った。どんなに目を凝らしても普段は見えない、向こう側の真っ白い深い闇がそこにあった。

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