マスカレイド 第二部
あいするいみは-13

「せんせ、受かったぁっ!」
 職員室に向かって廊下をのしのし歩くおっきな背中に声をかけると、その足はぴたりと止まった。振り返ろうとする肩の横を駆け抜けて、鼻先に届いたばかりの合格通知のメール画面に突きつける。
「おおっ、芝口! よしよし! ってか、まぁ、予想通りだな。おまえは大丈夫だって言ったろ」
 ケータイ画面とあたしを交互に見て藤元先生は満足げに頷いた。手に持っていた教科書を小脇に挟みながら右手を伸ばしてくる。
「俺があれだけ面倒見てやったんだぞ。あれで落ちたら、そのほうがびっくりだぜ」
 からかうような口調で、でもにこにこ笑いながら頭を撫でてくれる。頭を撫でられるのは別にいいんだけど、でもおっきな手の本当の目的は髪の毛をぐしゃぐしゃにすることみたい。
「ちょっと、もうっ! やめてよー」
 女の子の朝の努力をなんだと思ってんの。確かに、男の人の目にはただまっすぐ流してるだけにしか見えないと思うけど、それでも結構苦労して気ぃ使ってんだから。今朝なんか、寝癖直すの大変だったんだから。
 頭の上で両手をパタパタしながら手をよけて逃げると、先生は笑いながら腕を戻した。手櫛で髪を整えながら睨みつけても全然気づいてない。それはそれでちょっとむっとするけど、でもあたしの合格をこんなに喜んでくれるのは先生だけだろうな。
「とにかく、よかったよかった。合格おめでとう、芝口」
「うん、ありがと」
 あの日の次の日から、バレたのをいいことにあたしは理科準備室に逃げ込んだ。佐上先生も藤元先生もそれに対して特に何も言わなかった。佐上先生は興味なかっただけみたいだったけど、藤元先生はやっぱり家のこととかイロイロわかっちゃってたみたいで、あたしが準備室に一日中居座っても追い出したりしなかった。それどころか、空いた時間には勉強を見てくれた。体育会系な外見から考えれば意外すぎるほど意外だったけど、藤元先生は化学だけじゃなくって数学の教え方も上手だった。専攻は数理生物学だったからな、とか言われても、何のことか全然わかんないけど。
「せんせのおかげだよ」
 苦手な数学をずーっと勉強するのは脳が溶けそうにしんどかったけど、でも一つずつ丁寧に何度も教えてもらえたから続いたんだと思う。一歩ずつでも一枚ずつでも先に進もうとする努力を認めてくれたから続けられたんだと思う。
 毎日勉強すれば、さすがのあたしでもちょっとずつわかるようになってくる。それも全部、なかなか理解できないあたしに根気よく何度も何度も公式を教えてくれた、藤元先生のおかげだけど。
「そうだな、俺のおかげだ。あがめろあがめろ」
「はいはい」
 それでも、わざとらしく胸を張る先生に笑ってしまう。藤元先生がイマイチ『先生扱い』されないのは、こういうちょっと子どもっぽいところのせいだろうなって思うけど、それもきっと親しみのかたちの一つだし。
「そっか、四月から女子大生か。……芝口が、ねぇ」
「悪かったわねーっ」
 こんな子どもがって言いたげなニヤニヤ笑いを真正面から睨んでも、返ってくるのは余裕の態度だけ。エラソーに腕組みしてふふんってあごを上げてから、でも先生はすぐにいつもみたいに笑ってくれた。
「いやいや、おまえなら大丈夫だろ。頑張ってたもんな」
「う、うん……」
 伸びてきた手が、今度は優しく頭を撫でてくれる。覗き込んでくる目が笑みのカタチに細くなってて、なんか二人っきりのときに近いみたいな雰囲気。そういうの、ちょっとドキドキする。
「あたし、がんばってた?」
 ちょっと甘えたい気分でそう言うと、先生はうんうんと大きく頷いてくれた。
「おお、すごく頑張ってたぞ」
「うん。ありがと」
 まっすぐな褒め言葉はとっても嬉しいけど、でもホントは、頑張ろうと思ってたわけじゃない。先生が一所懸命に教えてくれるのを聞き流すことができなかっただけ。夏期休暇明け一斉テストの点数がウソみたいに上がってたのは、自分でもホントにびっくりしたけど。
「おまえ、メシは?」
「これから買いに行くー」
 左手のおサイフを見せながら言うと、先生はいつもの顔で頷いた。
「じゃあその前に、これちょっと準備室に置いてきてくれ」
 言いながら、小脇に挟んでいた教科書と実験レポートをあたしに向かって差し出してきた。
「え……っ」
 昼間には滅多に聞くことのない合図の言葉に、一瞬どうしようかなって考えかけて、でもそんなに深刻に考えることもないかと、目の前の本を受け取った。
「はぁい、わっかりましたー」
 一瞬返事が遅れたのがわかったのか、息を詰めるように先生はあたしをじっと見た。でもなんにも言わずに唇の端をゆるめてふっと笑う。周囲に視線を走らせてその辺に誰もいないのを確認してから、先生はなんでもない顔を続けながらレポートの上にペンケースを重ねて置いた。
「あと、実験室のボードも確認しておいてくれな」
「はーい。残ってたら消しときますー」
 左頬に小さなえくぼを浮かべながら笑う表情は、教室で見るときとそんなに変わらないけど、でも声と目の色に微妙な変化があるのが見える。目の底からふわぁっと揺らぐように違う色が挙がってきてるのがわかる。
「そいじゃーな」
 頬をゆがめるように笑ってから急ぎ足で去って行くおっきな背中を二秒だけ見送った。バレーシューズのかかとをくるりと百八十度回して廊下を逆戻り。
「いきなりって、びっくりするなー」
 廊下突き当たりの階段を上がって渡り廊下をまっすぐ行くと、特別教室棟がある。その突き当たりが実験室で、ちょっと手前の目立たないドアの中が準備室。一年のときはあたしたちも簡単な実験くらいはあったけど、二年からクラスが分かれてこういうことになるまで数えるくらいしかきたことないし、そんなに神経質になる必要もないかなぁとは思うけど。でもまだお昼休みで誰がいるかわからないから、目立たないように気をつけて早足で準備室に向かう。
「でも、珍しいなー」
 先生どうしたのかな。なんかあったのかな。佐上先生ならともかく、藤元先生が放課後まで待てないって、変なのー。
「別に、ここしばらくしてなかった、ってわけでもないのに、ねぇ」
 なるべく足音を立てないように三階まで上がる。準備室の前で周囲を見回して誰もいないのを確認してから、藤元先生から預かったやわらかい布地のペンケースを開けた。鮮やかな三色のボーダー柄が可愛い。ボールペンと鉛筆それとラインマーカーに隠れて底のほうに沈んでいたカギを取り出す。見たことないロゴの入った外国製ミニチュアバスのキーホルダーは、鮮やかすぎるほど鮮やかなカナリアンイエロー。前からちょっと思ってたけど、藤元先生って可愛いもの持ってるのよね。ゴツい見た目でこれって意外すぎ。彼女とかの趣味なのかな?
「ま、なんでもいーけどね……って、きゃっ! ……ぅ、ぐ?」
 カギを外してドアを開けようとするより早く、目の前のドアがガラリと開いた。びっくりして出てしまった悲鳴は大きな手のひらがさえぎる。いったい何がと混乱した頭を収めるひまもなく後ろから抱きかかえるように室内へ手を引かれる。ばさばさと足元に藤元先生の本が落ちた。
「う、ぁ……?」
「どうした、芝口。こんな昼間から」
 佐上先生……? どうして……?
 低い笑みの混じった聞き慣れた声に身体の力が抜ける。ドアがカラカラと軽い音を立てて閉まって、そのままカシャンとカギが落とされた。
 あっでも、藤元先生が来る、のに……。
 けれど離れた手のひらがくれた時間はほんの一瞬で、声を出すこともできなかった。強い力に首をねじるように振り向かされて、あっと思う暇もなく唇を塞がれる。ぬるりと侵入してきた舌は、いつもの涼しげなミント味。
「んっ、ふ……はっ、ぁ」
 細い指があごから離れて、首をなぞりながら胸まで降りていく。服の上からさわられる。それだけで息が荒くなってしまう。
「や、せんせ……」
「いや? 何が?」
 腰を抱き寄せてくる手を留めようとして、逆に手首を鷲づかみにされた。驚く暇もなく両腕は背中に廻されて、するりと冷たいシルクの感触が巻きつく。痛くないギリギリの強さで、でも絶対に解けないほどキツく、手首からひじまでをきゅっと縛られる。
「何が嫌なのか、ちゃんと言ってみなさい」
 耳から首すじに音を立ててキスが落とされる。熱い舌がぬるりと当たる。ちゅうっと吸い上げられる感触に胸の奥が熱くなる。どうしよう。佐上先生にされると勝手に身体が感じてきちゃう。
「あ、せんせ、ぇっ……」
 息が苦しくて、頭がぼんやりしてくる。身体の奥がじぃんと痺れたみたいになる。じかにさわって欲しくなる。もっと強く、痛いくらいもっと強く、ひどいことをして欲しくなる……。
「あ、んんっ」
 あたしの願いが聞こえたみたいに先生の指がブラウスのボタンを外した。隙間から入り込んだ手がさわさわとお腹を撫でながら這い上がってくる。ブラのホックを外して内側にもぐりこんで、指先を擦り付けるように乳首をつまんでくれる。きゅうんとした甘い痛みに思わず目を瞑って――あ、でもダメ! 藤元先生がっ!
「せんせ、ダメ。あたし藤元先生に……」
「武志がどうした」
 藤元先生の名前を呼ぶとき、佐上先生の声はちょっと低くなる。普段はむしろ、あたしが入り込めないくらい仲良しなんだけど、こういうときはホントは仲が悪いんじゃないかと思っちゃうような雰囲気。あたしと先生たちってそう言う関係じゃないはずなのに、身体だけなのに。変なの。
「あいつがどうした」
「藤元先生が……、あっ、やぁ……っ!」
 もうすぐここへ来るって言おうとしたのに、それを邪魔するみたいに、背を丸めた先生は左の乳首に口をつけた。右のおっぱいには指先がこすりつけられる。ちゅっちゅと音を立てて吸いながら、先生の手がスカートのすそにかかった。ひざからふとももへ、そしてもっと奥へ、正確にあたしのポイントを突いてくる。
「ダメせんせ……、あっ、あぁ……んっ」
 自分ではわからなかったけど、でもそこはもう濡れてたみたい。ショーツの脇から入り込んだ指は抵抗もなくぬるっとあたしの中に入り込んでくる。ぬるぬるの指先でクリちゃんをマッサージされると、奥のほうがきゅぅんとする。
「武志が?」
「あ、やぁっ、きちゃうっ! きちゃうの!」
 ホントに、もう言ってる間に藤元先生が来ちゃうかもしれない。わかってるのに、気持ちよくなってきちゃってる。やめて欲しくなくなってきちゃってる。続けて欲しいなんて思ってる。どうしよう、ひくひくしてる。あ、今、とろって出てきた……。
「ほら。芝口はここがいいんだろう?」
「あっ、あ、あ、あぁ……っ!」
 指先で優しく意地悪にクリちゃんをもてあそびながら、先生はくすっと笑った。円を描くようにこねられると腰がガクガクする。軽くつままれると、奥までぴーんと痺れる。
「口がパクパクしてるぞ。こっちも欲しいか?」
「ダメ、ダメダメっ! あ、あ、ああぁ……!」
 あたしの返事なんか待たずに、優しい声で涼しげなまなざしのままで、先生はぬるぬる光る人差し指と中指をずぶりと奥まで突き挿した。ぐちゅぐちゅといやらしい音を立てて抜き差しされて、視界が一瞬真っ白に染まった。

もどるもくじすすむ
inserted by FC2 system