マスカレイド 第二部
あいするいみは-18

「そいつは、俺のツレだ。置いてってもらう」
「やっ、ちがっ!」
 銀に光る大きなペンダントをちゃらりと鳴らしながら伸びてくる大きな手から逃げようとして、あたしは茶髪の男性に身を寄せた。桜吹雪に昇り竜なんて、そんないかついTシャツ着るような知り合いは、あたしにはいない。こんな人知らない。
「ふざけんな、コラ」
 あたしの行動に、キャップの下の影がいまいましげにちっと舌を鳴らす。威圧するような仕草で、ゆっくりと腕を肩の高さまで上げた。
「う、わぁっ」
 ぐうっと伸びてきた太い腕が、あたしの肩を抱いたままだった男の人の手の甲を弾き飛ばした。耳元でゴツっと鳴った痛そうな音に身体が固まる。体格差か、それとも迫力か、殴られた方は文句も言わず右手を抱きかかえて身体を丸めるようにして、背後に下がっていく。恐怖に誰もなにも言えないような雰囲気の中、自分のしたことなんてまったく気にしてないふうで、大きな手は無遠慮にあたしの腕をつかんだ。
「オラ、さっさとこい!」
「やーっ、はなしてーっ!」
 肩のすぐ下を握って、そのまま引っ張られる。誰か助けて誘拐だぁって叫びかけて、えっと、あれ、あれれ……?
 残念ながら、ものすごく細いってわけじゃないあたしの二の腕に、軽々と指をまわして握ってくる、大きな手のひら。王冠をかぶったドクロのシルバーリングに見覚えはないけど、黒の盤面にオレンジの数字が浮いたデザインの腕時計は、もしかして。それにこの声って。いや、でも、そんな。まさか。
「おい、おまえ! 荷物!」
「はいっ」
 怒鳴り声に飲まれたのか、バンダナの人が床に転がっていたあたしの紙袋を拾って、両手で差し出した。それを乱暴にひったくると、くるりとかかとを廻してまだ揺れているドアをくぐる。階段を踏み抜いちゃうんじゃないかってくらい乱暴な足取りが、あたしを引っ張ったままテラスから通りへ出た。
「やっ、ちょっ、とぉ……っ!」
 イマドキの繁華街とちょっと古い繁華街と、やたら高いビルが立ち並ぶビジネス街と、そして昔ながらの街並みの境がちょうど重なる大きな交差点を、いかつい和柄のTシャツと都市迷彩のパンツのその人は、あたしを引きずったまま抜けた。
「ちょっと、待ってっ」
 アスファルトの隙間にサンダルのかかとが引っかかってこけそうになっても、先に立ってずんずん歩いて行く背中は聞く耳なんてないみたい。呼びかけても完全無視。何度か人にぶつかりながらも、スピードを緩めず早足でどんどん歩いていく。
「ね、待ってって! ねぇっ!」
 あたしたちのちょっと普通じゃない様子に、通りすがった人のうち何人かが驚いた顔をして、でもすぐに目をそらした。中にはあたしと目が合って、問いかけるような視線でしばらく見送った人もいたけど、でも仕事終わりのサラリーマンみたいなその人には、殺気立った昇り竜の背中を呼び止める勇気はなかったみたい。
 まぁさすがに、こればっかりはムリもないかな。世の中には怖い事件がいっぱいあるもんね。関わらずに済むならそうしたいと思うのが人情よね。
「もうっ! ちょっとってばっ!」
 返事もないままどんどん通りを抜けて、そして急にするんと角を曲がった。商業ビルの横の小さな通りを入って、街路樹の陰で見えなかったさらに細い通りに踏み込む。人がふたり並んで通れないくらいの、ブロック塀で囲まれた狭い空間でようやく立ち止まる。あたしが大きく息を吐くより早く、大きな影が覆いかぶさるように手を伸ばしてきた。
「やっ、くるし……っ」
 鼻を押し潰そうとしてるみたいに胸の中に抱き込まれて、息もできない。もごもごと上半身をねじって、なんとか顔回りの空間を確保した。首をひねって顔を上げると、キャップの影にあったのは、よく知ってる人の、見たことのない表情。
「せんせ……、なんで?」
 あまりにも教師らしくない私服と爆発音付きの恐怖の登場に、一目では見分けられなかったけど、でもさすがに目の前で揺れる大きな背中が誰かはすぐにわかった。ママとパパを除けば、人生で二番目に長く見つめた背中だから。
 それでもわからないのは、どうして先生が今ここにいるのか、あたしを抱きしめているのか。だってあたしは、先生のことずっと無視してたのに。
「なにが、なんで、だ。この、大バカヤロー、がっ」
 苦しそうに何度も息継ぎをしながら、藤元先生はあたしを睨みつけた。息ができなくなるくらいの力でぎゅうっと抱きしめられる。目の前の、汗の浮いた肌と響く心臓の音。あたし以上の速さでドクドク動く、その音が振動になって耳に伝わってくる。
「ホントに、おまえは、おまえだけは、どこまで手間かけさせりゃ気が済むんだっ!」
 そのとき先生の目が潤んでいたように見えたのは、さすがに気のせいだと思う。





「えっ? ちょ、ちょっと、せんせっ?」
 ブロック塀で囲まれた狭い空間は、ラブホの入り口だった。
 噛み付くようなキスを一度したあと、怒った顔で黙り込んだ先生に手を引かれて、狭いエレベーターを上った。辿り着いたのは、黒と茶色を基調にしたおとなっぽい部屋だった。天井のスポットから降り注ぐクリームイエローの淡い光と、低く流れるピアノ曲が、二人っきりの時間を演出していた。初めてのラブホにふと湧いた好奇心は、部屋へ入るや否や、あっという間に脱がされることで阻まれた。
「やっ、待って、せんせ。お願い、シャワーに行かせて」
「オラ、暴れんなっ」
 ミニワンピの肩紐を解かれて慌てるあたしを強い力で押さえながら、先生はワンピの下に着ていたブラカップつきキャミを身体から抜いた。ベッドへうつぶせに押し倒されて、大きな手に膝丈のレギンスをショーツと一緒に引き剥がされる。
「やだっ、おねがい、すぐだから!」
 あたしのお願いを軽く無視して、先生は手首をつかんで背中に回した。何がどうしてと思う暇もなく、手首に布状のものがきゅっと巻きついた。上半身をひねって身体を起こそうとしても、手が使えないあたしは簡単にベッドに押さえつけられてしまう。
「おまえに何かを主張する権利なんてないんだよ」
 冷たい声で無表情のまま、先生が覆いかぶさってくる。一日外をうろうろしてたから全身汗まみれで、きっとにおいだってする。臭いって汚いって、先生に思われるのがイヤなのに。
「やだぁっ」
 肩を揺らして脚を引いて、先生の手から逃れようとすると、先生はギッと歯を食いしばった。
「ふざけんな、コラ!」
 さっきの、テラスのときのような、思いっきり本気の怒鳴り声に身がすくむ。殴られるって身体を硬くしたあたしにちっと小さく舌打ちをすると、先生はむしり取ったキャップを部屋のどこかに投げ捨てた。
「やっ、ぁっ……」
 のしかかってきた唇が逃げ道をふさぐような深いキスをした。歯ぐきの裏を順番に丁寧に辿られると背中がぞくぞくする。舌を吸い出されて絡めるように舐められて、優しく噛まれる。苦い唾液を受け入れて、あたしも先生の舌に自分の舌を擦りつけた。目を閉じて先生のキスにうっとりしてると、大きな手のひらが膝を曲げるように脚を大きく開かせた。
「ダメ、あたし、きたな……あっ、ああぁっ!」
 抵抗しようにもしきれない強い力がふとももを押さえつける。のどから胸、そしてお腹へとゆっくりと下がってきた先生の舌が、足の付け根に辿り着く。慌てて暴れるあたしを大きな手のひらが押さえ込んで、太い指がそこをぐいと開くのがわかった。
「ダメ、せんせお願い……あうっ、あ、はぁっ」
 あたしの声を完全無視すると、そこに顔を伏せた先生は長く伸ばした舌でクリちゃんをつんとつついた。
「やぁっ、ひ、ぃ……っ」 
 蕩けるような心地よさに、せめてシャワーだけでもって思ってるのに、身体が勝手にひざを開いてしまう。先生の舌をねだるように、先生の指を誘うように、腰を押し付けてしまいそうになる。髪を振り乱して悶えて、理性では逃げようとしていても、本能から逃げられない。止まれない。
「ダメ、イヤ……あっ、ああぁっ」
 先生の舌はとっても優しくて意地悪で、なにより気持ちよかった。クリちゃんもひだひだも全部一緒に舌をなすりつけてから、クリちゃんにきゅっと吸いつく。舌先でくにくにと優しく捏ねて、舐め上げるように下からつついて、そしてゆっくりと円を描く。強さも感じかたも少しずつ違う刺激を何度も繰り返されると、奥のほうからとろりとあふれてくる。もっとしてって思ってしまう。
「やっダメ、せんせ……あっ、ん……っ」
「うるせぇ。おまえに拒否権があると思ってンのか」
 優しい愛撫とうらはらに、顔を上げた先生の目は冷たかった。見下すような薄笑いを浮かべながら、ゆっくりとひだを指で辿る。ぬるぬるんと指でなぞられると、さっきまでの鋭さとは種類の違う、ふわっとした気持ちよさがあたしを襲う。先生の指が上下するたび、ぬるま湯のような快感が徐々に温度を上げていく。その熱に耐えられず先生の指先に抗し切れず、あたしはただ背をそらしてあえぐだけだった。
「いやだとか言いながら、ずいぶん気分出してンじゃねぇか。ええっ?」
 軽く指を押し付けて先生はゆっくりと掻き回した。わざとのようにくちゅくちゅと音を立てるからあたしにも聞こえる。いやいやと首を振るあたしに、先生はクリちゃんにトロトロを塗りつけながら唇をゆがるように笑った。
「クリはピンピン、こっちはぐちゃぐちゃ。こんだけ濡らしてりゃ世話ないな、春奈」
「あっ、は……っ」
 上がってきた先生の手がおっぱいをつかんだ。指先のぬめりを塗りつけながら乳首をクリクリと弄ぶ。そうされると、内側から顔を持ち上げるようにぷくんと膨れる。尖った先っぽをきゅっとつままれる痛みが気持ちよくて、どうしても声が漏れてしまう。
「ちょーっとイジってやると、すぐこれだ。乳首おっ勃たてて、本当にいやらしいな、春奈は」
「せんせ、ヒドイ……」
 あたしがこうなったのは先生たちがいろいろとして、あたしの身体がそれを覚えちゃっただけなのに、先生はいかにもあたしだけのせいみたいな口振りで、呆れたような顔で言う。唇を尖らせたあたしになんの感情も見えない視線を返しながら、右と左を順番につまんでいじめて舐めて軽く噛んで、気持ちよくしてくれる。
「なにがひどい? あんな若造について行ってどうするつもりだったんだ、ええっ?」
 低くささやく声は落ち着いていたけど、穏やかそうな瞳だけど、でもその奥に燃えるような感情のうねりが見える。先生が怒ってるってことだけはわかる。
 あの人たちと一緒に行こうとしてたから? 電話を無視してたことじゃなくて?
「なんで、あいつらについて行こうとしていたんだ? そんなことして、どうなるかわかってなかったってワケじゃねぇよな?」
 言いながら、先生は乱暴にクリちゃんを弾いた。
「っぁ! ……う、くぅ……っ」
 一瞬の痛みは、けれどそれが引いた瞬間に快感に吸収される。きゅうんと奥がわなないて、とろんとしたのが流れ出てくるのがわかる。もっとして欲しくなる。もっと、ひどいことをして欲しくなる。願いをこめて見上げたけれど、返ってきたのは冷たい光を浮かべたまなざしだけだった。
「そんなに、あいつらに抱かれたかったか?」
「そんな……そんなこと……」
 くちゅんと音を立てて、先生の指が少しだけ入り込む。浅くぬるぬると出し入れされて、それじゃ物足りないけど、でもその焦らされてるカンジもいい。
「あ、あたし、そんなつもりじゃ」
「じゃあ、どういうつもりだったんだよ!」
「きぃっ、ひゃぁああっ!」
 叩きつけるような声と同時に、ずぶっと音がしそうな勢いで先生の指があたしに突き刺さった。その瞬間、全身に響くような痛みが生まれた。
「抱かれたかったんだろうが! 突っ込んで欲しかったんだろうが!」
「ひ、はっ、あ、ああぁっ」 
 それは、先生が『先生』のときには嵌めてないドクロのリングだった。ぐうっと思いっきり奥まで指を挿れられると、入り口の敏感なところに、ドクロのかぶった王冠が食い込む。そのまま突かれると、ドクロの顔がぐうっと壁に押しつけられる。初めての感覚は波になって、痛みが身体全体まで広がった。

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