花を召しませ番外編
White HESH -4

「ね、どんなふうにされたい? ――って、これじゃ答えられないか」
 ムリヤリ口に咥えさせたプラスティックの玉を爪先でカツンと弾いてのどの奥で低く笑うと、彼はゆっくり手を伸ばしてきた。頬からあご先へすうっと滑った指先が、くいと顔を天井へと向けさせる。楽しげな視線と薄く開いた唇が面白そうにわたしを見ていた。
「だからさ、そういう非難がましい目で見るのやめてよ。俺は美雪さんがされたいことしてるつもりなんだけど?」
 そんなの嘘っ!
「ホントだってー」
 叫ぼうとしてけれど声が出せないため、せめてもの意思表示とぶんぶんと首を横に振ったわたしになぜか不服げに肩をすくめると、彼は片ひざをベッドへ乗せた。そのままなめらかな動きでベッドへと上がってくる。彼の体重を受けてさざなみのようにベッド全体が揺れる。
「ひどいなぁ。俺はいつだって美雪さんのこと考えてるのに」
 舐めるような視線が頭の先からつま先までを往復する。思わず身を硬くしたわたしに優しく笑いかけながら、彼の指は首から胸へとさらにその下へと、身体の中心線をゆっくりと辿る。ショーツを押し上げている小さな機械をつんと突付くと、彼はにやりと唇の端を吊り上げた。
「ね、わかってよ。俺がこんなに好きなんだって」
「んっ、んんんーーっ!」
 前触れもなくショーツの内側でぶぃんと低く唸り始めた振動に身体が跳ねる。がくがくと腰を揺らしてしまう。痺れに似た刺激は、けれど快感を伴っているのも事実だった。すでにその味を知ってしまっている本能がじわりと目を開けてしまう。彼の前で醜態を晒してしまうことが怖いのに、その快感を身体が勝手に欲しがってしまう。
「美雪さんローター好きだよね。さっきだってあんなにイきまくってたもんね」
「んふっ! ん、んんんんっ!」
 くすりと笑いながら彼は左側の胸をぎゅっとつかんだ。乳首を軽くひねられ痛みに眉をひそめながらも、そこからさえも快感を得てしまう。それを恥じる暇もなく彼の左手がくいとローターを押した。食い込んだ部分に直接当てられる振動に瞼の裏でぱちぱちと小さな火花が散る。
「ホント、気持ちよさそうな顔しちゃって」
 大きく開かされた太ももを撫でていた手が、あっと思う暇もなくするりとショーツの脇から入り込んだ。ふれた指先がゆっくりとそこを縦になぞる。やわらかなゼリーがぐちゅぐちゅと潰れながら絡み付いてくるような感覚が耐えられないほどに気持ちいい。蕩けそうな感覚に腰が跳ねるようにびくんと震えてしまい、強く引っ張られた紐が小さな軋みを手首に伝える。
「んんんんっ」
「あ、ダメだよ、暴れちゃ」
 痛みに眉をひそめたわたしに慌てた声を向けると、彼はわたしを弄んでいたショーツの中の手を引いた。後ろ手に縛られた手首を優しい手つきで撫でる。
「一応遊びはつくってあるけどさ、ムチャするとスジを痛めるからね」
 だったら、ほどいて!
 そんなわたしの心からの叫びなど聞こえるはずもない。彼は子どもをなだめるように「よしよし」と頭を撫で、再び右手をショーツの中へと滑り込ませた。指先を軽く沈めるようにしながら熱く潤んだそこを、上から下まで何度も何度も往復する。
「もうここはぐっちゃぐちゃだね」
 彼の言葉通り、男性を受け入れるための女としての器官は、先ほどまでの行為ですでに充分すぎるほどに潤み熱を持ってしまっていた。今や遅しと彼自身を待ちわびているのが自分でもわかる。指先を軽く差し込まれると貪るように指を受け入れる。深く差し込まれるとぐちゅりと音を立てて内側に溜まったものがこぼれ落ちてくる。もっと欲しいと浅ましく飲み込もうとする。
「ほおら、気持ちいい気持ちいい」
「ん、くぅっ! ふっ、くっ、んんんっ!」
 じゅぷじゅぷと卑猥な音を立てて指を抜き差しされながら、今は今だけは、声を封じられていることをありがたいと思った。
 これほどまでに意地悪く弄ばれながら、それでも感じてしまっている。これほどまでに感じてしまっている。もしもわたしの全てが自由であったのなら、今の自分がどう感じているのかを言葉で表してしまっていたかもしれない。そしてもっとして欲しいとねだってしまっていたかもしれない。
 縛られ全身を弄ばれ、快楽を得る女。更なる快楽を望む女。自分がそんな女であるとは思いたくない。彼にそんな姿を見られたくない。彼にだけは、そんな女だとは思われたくない。
 ――なのに。
「んっ、んっ、んっんんん……っ!」
 まるでそこにもう一つ心臓があるかのように、頭の中がどくどくと鳴る。息ができなくなる。身体の中心がきゅうっと力が入るのがわかる。ダメだと思えば思うほど加速して行く。
 あ、もう……ダメ!
 留まれないという事実に覚悟してきゅうっと目を瞑った、その瞬間。
「ふ、く……うぅ?」
 あとちょっと、と言うところで彼の手が止まった。押し当てられていた強い振動も一緒に止まる。残響だけを残してすうっと指が引き抜かれる。当然のことながら、全ての快感が遠のいて行く。見えかけていた快感の頂点が奪われた直後の焦げるような喪失感に、彼を振り仰いでしまう。
「また一人でイこうとしてたでしょ、まったくもう……」
 楽しそうに細まったまなざしでわざとらしく溜息をつくと、彼は見せつけるように右手をかざした。さっきまでわたしを弄んでいた中指と人差し指がぬらぬらと光っていた。そのところどころが白く泡立っているのが、信じられないほどに卑猥だった。そむけようとした顔もあごをつかむようにして引き戻される。ぬるりと頬に塗りつけられる感触がどんなに恥ずかしくても唇を噛むことさえできない。
「いつのまに美雪さんってこんなになっちゃったかなぁ」
 自分がそうさせたくせに、まるで全てがわたしの責任であるかのようにくすくす笑いながら、彼は左手でそっとショーツを撫でた。きゅっとパンストをつまみ、そのまま強く引っ張った。
「んんっ?」
 乱暴に引きちぎられたパンストが大きな音を立てて弾けるように一気に破れ、蜘蛛の巣のように複雑な模様を頼りなく肌に描く。先ほどすでに一部に穴が開けられているとは言え、勢いよく腕を振るう彼の様子はいつも穏やかな彼らしくない。衝動的とも見えるその行動に、先ほどまでとは違う意味で身体がびくりと震えた。
「そんな怯えた顔しないでよ。だって、仕方ないでしょ」
 くくっと低く笑うと、彼は湿った指先でそっとわたしの頬を撫でた。
「破んないと脱がせらんないんだから。美雪さんこのままで我慢できるの?」
 ふとももに張り付いたナイロン糸の残骸をざらりと撫でながら、彼は頬をゆがめるように笑った。
「さあてと。お待ちかね、かな。ねぇ美雪さん?」
 ウェスト部分までパンストを両手で荒っぽく裂きながら、惚けたように彼を見つめるわたしに彼は楽しげな笑みを浮かべる。ばりばりと音を立てて引き裂かれた結果、薄いベールの下から現れたショーツに彼の手が一瞬止まった。
「こーんなパンツ履いてたんだ。へぇ……」
 ごくりと音を立てて息を飲みしばらく凝視してから、彼はにっこり笑った。
 ブラとお揃いの、サイドのリボンがほどける少しセクシーなデザインのショーツは、淡いピンクの桜模様という可愛らしさのお陰で、いやらしさがあまりないのがせめてもの救いだった。だからこそ、彼が喜んでくれるならばと、思い切って履くことができた。けれど、いやらしい機械を中に閉じ込め透けるほどに中央が濡れそぼっていてはすべてが無意味だった。言い訳のしようもないほどに男を誘うためのものでしかなかった。
「美雪さんも、こういうの、選ぶようになったんだな……」
 かすれた声で呟くようにそう言うと、彼は一気に左側のリボンの端を引っ張った。少しきつめの結び目が解け、桜の布地が覆っていた部分を跳ねるように晒してしまう。内側に押し付けられていたピンクの丸い機械が細い糸を引きながらころりとシーツへ落ちる。
「ん、んんんんーーーっ!」
 すでに熱く盛り上がっていた箇所を指でさらに大きく開くと、彼はかぶりつくようにそこに顔を埋めた。のどが渇いた子犬のように音を立てながら激しく舐め、入り込んだ中指で強く突き上げる。何度も昇りつめた結果、貪欲にさらなる快感を求めてしまっていたわたしは、彼の前には赤子の手をひねるようなものだった。
「んっんっ、んっ……ふ……う、くぅ……っ!」
 一瞬で訪れた、弾けるような感覚に我を忘れる。ガクガクと激しく揺れたせいで身体のあちこちに引き攣れるような痛みがあったけれど、それを気にする余裕もなかった。彼に弄ばれ快感を享受することだけがわたしのすべてだった。
「んんっ! ん、んんんっ! ふっ、ううっ! んんんっ!」
 蠢く舌が与えてくれる快感は、それほどまでにすさまじかった。一瞬のはずの頂点が一瞬では終わらない。身体中でもっとも敏感な部分を彼の舌が捉えて吸い上げる。指先が強く粘膜を押し上げる。その度にまぶたの裏で火花が散る。静まるよりも先に新たな快感が波状に襲ってくる。壊れたおもちゃでムリヤリ遊ぼうとする子どものように、彼は無邪気に残酷にわたしの中に快感を流し込み続けた。




「またイっちゃったね。じゃあ、次のお楽しみ」
 全身を揺らして必死に喘ぐわたしを楽しそうに眺めながら、彼はぬるりと指を抜いた。息をつく暇もなく、指とは比べものにならないほど物質感の強いものがぐうっとねじ込まれる。
「ん、んん……っ!」
「指じゃ物足りなかったでしょ? もっと気持ちよくなりたいでしょ? バイブでイくとこ見せてよ」
 ――バイブっ?
 彼の言葉に、思わずそれを確認しようと頭を上げかけたそのとき、鈍い動作音を立てながらそれがわたしの中でくねり始めた。同時に忘れかけていた振動がやわらかく当てられる。ダメだと思う暇もなく、呆気なく一気に押し上げられる。
 やだ、イっちゃう! こんなので……イっちゃうよぉっ……!
 ぐちゅぐちゅと粘っこい水音を立てて出入りするものが際限なく快感を汲み出す。わたしはただ身体をくねらせてあえぎ快感に腰を振り、彼の前でよがり狂うしかなかった。
 バイブレーター。
 いわゆる大人のおもちゃの一種で、男性のそれと似た形状をしたもの。
 そういうものが世の中にあることは勿論知っていたし、今まで使ったホテルの部屋のワードローブに見せた扉の中に隠れるように置かれた自動販売機を見たこともあった。彼が軽い口調で使ってみたいと言ってきたことさえあった。驚いて反射的に拒絶すると、彼がわずかに残念そうにローターは好きなのになんでと問い返してきた。彼が勝手に持ち出してくるだけでわたし自身が好んでいるわけではないと反論すると、悪戯っぽく笑いながらそれもそうだねと、優しく頷いてくれた。
 そんなことを言い出した彼に嫌悪を感じたわけではなかった。振動を押し当てられるだけで彼の思うままになってしまう自分が、もしもそれ以上の快楽に溺れてしまったらと思うと、それが怖かった。そんな自分を見られてしまうことが怖かった。彼にそんな女だと思われることに強い恐怖があった。
 ――なのに。

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