花を召しませ番外編 ひな祭りSS
ピンクブロッサム

 ぴーんぽーん。
 どこか間抜けに鳴り響いた音にふと気が付く。塗ったばかりのネイルを乾かすために軽く息を吹き掛けていた手を下ろし、首をまわすようにして玄関へと視線を向けて、そして慌てて立ち上がった。
「はあーい」
 スリッパをパタパタと鳴らせながら小さな玄関口へ向かう。
「どなたですかー?」
 夕食が終わった直後の七時半。こんな時間に訪ねてくるような人なんていただろうか。セールスマンや新聞屋さんだったらどうしよう。内心で顔をしかめながら壁に手を付いて出しっ放しのサンダルに片足を乗せ、背伸びをしてドアの覗き窓へと張り付く。小さな魚眼レンズが映し出した、歪んだ世界の中心にいたのは。
「シズくんっ」
 わたしの声が聞こえたのだろう、伏せ気味だった視線があがってそして逆にわたしを覗き込もうとするかのようにレンズにぐっと近づいた。どこか悪戯な色を残したまなざしがわたしの視界いっぱいに広がる。
 真っ黒な瞳と意外と長めのまつげ。目じりの内側ぎりぎりのところに小さなホクロがあるのが色っぽいなんて、男の人にそういう表現をするのはちゃっと違うのかもしれないけれど。
「こんばんは、美雪さん。急にごめんね」
 笑みを含んだ、その少し低い声。彼がわたしの名を呼んでくれるたびに胸が高鳴る。
「ちょっとだけ、その……いい?」
「あ、うん」
 慌ててチェーンとカギを外す。ドアを押し開けたわたしの目に飛び込んできたのは。
「う、わああ……っ」
 それは、一抱えもありそうな花束だった。チューリップとガーベラ、カーネーション、バラ。それを包み込むレースのようなかすみ草と、手元に複雑な形で結び付けられたピンクのリボン。そのあまりの存在感に圧倒されてしまう。
「すごいーっ、うそ、可愛いっ」
 ドアの隙間から入り込んできた花束に、どうしたのと問い掛けるよりも先に手を出した。軽く抱き上げると、ふわりと淡いいい匂いが漂ってくる。
「よかった、喜んでもらえたみたいで」
 低い笑みを含んだ声に顔を上げる。吹き出すのを我慢しているような細まった視線に急に恥ずかしくなる。
「これ、どうしたの?」
 本来ならば最初にそう尋ねるべきだった。彼もそう思ったのだろう、彼はもう片方の手に下げていた小さな紙袋を差し出しながらくすっと笑った。
「ん、今日はひな祭りだから。これ、ケーキ」
「えっ?」
 ひな祭りだから、って?
「だって、お雛さまって言ったら、俺にとっては美雪さんだけだから」
 音を立てて頬にキスを落としながら、彼はそんなことを言った。
「だから、ここでひな祭り。美雪さんと一緒じゃないと意味ないから」



 このあとケーキを一緒に食べたとか、そういうのとはちょっと違う意味で彼に食べられちゃったとか、それはその……また別のお話と言うことで。


 -おわり-

 おまけのあとがき
2007/03/03
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